幻灯機で自分たちを撮ることになったとき、メイサは期待で胸をいっぱいにして浮かれていた。
獣夜の里で厳重に保管されていた幻灯機は、その瞬間の映像を切り取ることができる堕品である。大変貴重なものらしく、住民は見ることもできない。メイサと兄リゲルが使用を許可されていたのは、二人が英雄の子孫だったからだ。ご先祖様の活躍が認められているのだと誇らしくもあったし、何より、大好きな兄と一緒に撮れることがメイサには嬉しくて仕方がなかった。
たっぷりと時間をかけて髪を梳かして、お気に入りの服を着て、ちょっとだけ背伸びをして母の香水をつけてみたりする。兄には「映らないものは意味がないぞ」と女心をわかっていない発言をされたものの、彼も好きな香りだと知っているから機嫌は悪くない。乗り気ではないくせに、支度にどれだけ手間取っても待ってくれるどころか乱れていた髪を直してくれる兄は、存外妹に甘い。
兄は幻灯機の仕組みには興味があるようだったけれど、自分が映るとなると難色を示した。メイサひとりで撮ればいい、なんてつれないことまで言ったのだ。当然メイサには面白くなくて、お兄様とじゃなきゃだめなの! と駄々をこねた。お誕生日にはなにもいらないから、と泣き落としまですれば、やっと観念してくれた。
そのせいか、映し出された兄はにこりともせずにメイサだけが満面の笑顔だった。まだ何も知らずに、無邪気にはしゃいでいた幼い少女。
長かった髪は短くなって、兄とお揃いの髪の色も変わって、優しさと愛で包まれていた彼女の世界は一変した。
「おにいさま……」
あの日撮った幻灯絵は、今日までずっとメイサの宝物だった。先に浄化者になった兄とはなかなか会えなくなったから、寂しくなったときはこの幻灯絵を取り出しては眺めた。自分も兄のようになろう、と励みにもしていた。だから、今までと同じように破れてしまわないよう注意して触れる。
絵の中の兄は、少しも笑っていない。
兄は昔から大人びた子どもではあったけれど、年相応にかわいらしい面だってあった。彼の好物が食卓に並んだとき。彼自身の浄化者としての素質を褒められたとき。メイサが彼の誕生日を祝ったとき。照れくさそうに笑うあの人の顔が好きだった。なのに、もう何も思い出せない。会って確かめることもできない。メイサがリゲルを想うとき、真っ先にこの幻灯絵を思い出す。
「お兄様、笑って」
ただ一言伝えていたのなら。あなたとあたしが辿る道は違っていたのでしょうか。