師が人形を作ってくれたことがあった。二人が大層喜んだせいか、窓辺に並べられた人形は増えていく。「どうしようか」断るのは幼心ながらに胸が痛んで、名前をつけて遊んだりもしてみる。子供が欲しがりそうなものが他にわからなかったのだ、と気がついた頃にはすべてが灰になっていた。
部屋を移るとき、大半のものを処分した。もう子供ではないのだからと、過去との決別だった。
なにもない空間は冷たい。誰かとの思い出や匂いだとか生きてきた証がない。任務帰り、気まぐれで摘んだ花を生ける。花瓶なんて洒落たものはなくコップに一輪のみだったが、この部屋に帰って来ようと思えた。
「ここ結構好きだけど」エル以外の視線があなたに向く。クロウまで。
「宝探しみたいでわくわくしない?」
「お前まじで変人だったんだな……」
「え、ひどくない?」
「お前がそんなんだから押し付けられるんだろ」
「そっかなー。まあお仕事ですよ、張り切っていこーおー」
「おー……」
メモリーに刻み込まれたままの、懐かしい気配がした。
銃を構える。あなたを壊すために。
そっと目を閉じる。あなたが私を壊してくれるように。
姿を変えた私の世界、終わらなかった世界の続きを、あなたは見届けなくてはならないのです。――未来のマスター。
あの時、副隊長は謝ろうとしていた。のだと思う。普段の彼ならば、そうしていただろうから。けれど、頭を下げたりはしなかった。おそらく――確実に、力不足だった自分達のためにだ。きっと彼の行動は正しくはない。褒められもしない。でも、もし彼が謝っていたら、二度と顔を上げる事は出来なかった。
幼い頃は、何をするのも一緒だった。お揃いの服を着て、同じ本を読んで、雪が降れば大はしゃぎで雪だるまを作ったっけ。次の日起きたら溶けてしまっていてがっかりもしたね。失われなかった思い出には、いつだってあなたがいる。これから先もそうだと、信じていた。隣にあなたはいなかったのに。
師匠が生きていたら、彼にどんな言葉をかけただろうか。こんな時にまであなたを頼ろうとする不出来な弟子を叱ったかもしれませんね。あなたがいて彼がいて、二人で同じ目標を掲げ修行に明け暮れたあの日々がどんなに尊く儚いものだったのか知りました。さよならも言えなかったあなたたちへ。
あなたの隣に立つ自分が好きで、嫌いだった。天才の意味を幼い頃は理解していなかった。才能で劣るなら努力を積み重ねればいいと思っていたし、師も認めてくれていた。しかし時が経てば経つほどあなたとの距離が開いていく。必死に追いかけても必ず数歩先を進んでいた。あなたの隣にも立てない自分が、
いつから、と消え入りそうな声であなたが問うた。私は少し考えて答えを返す。傷つけたくはなかった、傷ついてしまえばいいと思った。矛盾する、醜い感情。理性はもうなくなっていた。「あなたと私が初めて出会った時から」すべてを否定する私を、あなたならすべて覚えていてくれるのでしょう?
私たちは負けたのよ。
古びた絵本を読み聞かせながら母は言った。食卓に並ぶ品数が減った時、破れた服を繕う時、父が喰われた時。彼女は度々口にした。この世界はいずれ滅びるのだと。
ふざけるなと思った。神も、諦観する人間も、すべてが腹立たしい。これ以上奪われてなるものか。
劣勢を強いられる戦いの中で統率者も亡くし、我々に選べる道は多くはなかった。命を賭け、たった四人を地上に逃がすだけで精一杯だった。どんなに細い糸でも、繋がってさえいれば希望は潰えない。生きて、生きて、澄んだ青空を取り戻して。
世界が美しくありますようにと願った化物は醜く死んだ。
「もうずっと前から消えてしまいたかった」
なんて酷いことを言う男だろうか。後一歩先へ進めば人でなくなるのに。全て持って行ってしまえばよかったのだ。泣くまいと不細工に笑う君の幼馴染ごと、空へ。
何故生きていてくれたの。
「貴方があんまり楽しそうに笑うからついつられてしまったんですよ」
—
クロウのお話は「もうずっと前から消えてしまいたかった」で始まり「貴方があんまり楽しそうに笑うからついつられてしまった」で終わります。
「もうずっと前から消えてしまいたかった」
少女たちに渡す服を指先で撫でながら、ぽつりと零す。孤児だと昔聞いたことがあった。取り戻せないものが多くあるこの人に過去の話をしていいものか迷ってしまう。
「今もですか?」ううん。首を振る。
「暖かで優しい感情を貴方が教えてくれたから」
—
主様のお話は「もうずっと前から消えてしまいたかった」で始まり「暖かで優しい感情を貴方が教えてくれた」で終わります。
怖い、と君が泣いてくれたなら。役目なんて捨てて最期くらい自由に生きてほしいと言えただろうか。痛みも恐怖も何もかもを抑え込んで笑ってくれた君がそんな選択をするはずがないと知っているくせにね。
差し伸べられた手と重ねた拳、温もりは変わらないままなのに、君はもう震えてはいなかった。
お日様の下で輝く金色の髪とまんまるな青い瞳、垂れ下がった眉、小柄な体格。はじめ、女の子だと思った。走り回ることもせず虫にも近づかず黙々と読書をする大人しい子で、しばらくの間誤解したままだった。
初恋泥棒だったんじゃない、とふざけたら恐ろしい顔で睨まれ二度と口にしていない。
何も覚えていない、というわけではないらしかった。だが召喚の方法さえも忘れてしまっているのでは戦力に数えていいものかもわからない。「がんばるから」報告書の山を崩し、空虚な入れ物に知識を詰め込んでいくあなたは幼い日に憧れたあなたのままで。――変わってしまったのはどちらだったのだろうか。
戦いが長引き、仲間たちが傷ついている。杖に魔力を込めて回復の魔法を唱え始めた時、前衛をすり抜けた攻撃が私の方へ飛んできた。大丈夫か! かけられた声にどうにか返事をして、詠唱を再開する。今度のターゲットは、自分だった。ヒーラーが倒れたら、全滅してしまうから。だから私は、私を守るの。
笑顔が可愛らしい少女だった。お母さんにもらったというリボンを大事そうに持ち歩いていて、何回か髪を結ってやった覚えがある。私も幼馴染も慣れていなかったせいで本当にただ結ぶだけだったけれど、彼女は嬉しそうにしていた。形見として渡されていたはずのリボンの行方を、あなたにも聞けない。
人は二度死ぬ。
一度目は肉体が滅びた時。二度目は誰も彼もに忘れられた時。
ひとりぼっちにしてしまったあの日の少女を、二度も殺したくはなかったのに。
イベント
「いーち、にー、さん」鬼が数えている間に子は逃げ出す。みんな楽しげに笑いながら、ゲームを始める。「お姉ちゃん、だあれ?」「まず自分から名乗ってはいかが?」一体何が起きたのか。瘴気をあびて、その後は……? 「ぼくはね」似ている、と思った。面影などないのに、自分はこの子と出会っている。
真新しい子供たちの洋服も青々と生い茂る木々も、遠い世界の話だ。とうに失われ、時間を止めてしまった夢の中。「今日は祝祭でしたわね」嬉々とした目でこちらを見てくる少年に、ため息が溢れる。自分に与えられる役割は鬼か、子か。主が迎えにくるまでよ。あたくしは子供だからって容赦しないわ。
「楽園はあった?」
失敗した。きみの顔を曇らせたかったんじゃないのに。どう答えればいいのか迷ったのか躊躇いがちに首を横に振る。ばかなひとだなぁ、まやかしの希望を与えることもできたはずなのにね。不器用で嘘がつけないわたしの主。
大丈夫、何度だって探しに行くよ。あなたと一緒に。
古城を侮っていた。広い、とにかく広い。どこも似たような造りで自分が何階にいるのかさえわからなくなってくる。やっと魔導師になれたっていうのにこれじゃあ何も始まらない。恥を忍んで誰かに聞こう、そうして話しかけた人たちは快く笑って丁寧に答えてくれた。俺が入る隊もあんな風だといいな。
観覧車の頂上で口づけした二人は末永く幸せになるとか。飛行機雲が消える前に三回願い事を唱えられたら叶うとか。ピンクのリボンで二つ結びにしていた頃から夢を見るのが好きだった。あなたはおかしそうに笑ってたっけ。
ねえ、桜の樹の下に呼び出されたのは偶然なのかな。答えが聞けるまで待ってるね。
敵を殺せ。
受けた命令はたったそれだけ。命じた男がいなくなっても、街が廃墟と化しても、異界からの侵入者に杖を振り下ろし続けた。この身は朽ちない。永き刻に狂れる心はとうに失われた。アレは人ではなく兵器だと誰かが言う。ならば最期には必ず壊してくれ。「私」を、置き去りにしないで。