四葉のシロツメクサの花言葉は幸運と約束。――そして復讐。瓦礫に置かれたシロツメクサを前に決意を新たにしたあなたは、そういえば自分に花言葉を教えてくれたのは幼馴染の少年だったと思い出す。
柔らかい金の髪にまんまるな青い瞳を持った幼い少年は愛らしい外見を裏切らずに性格も大人しく、草花が好きな子だった。女神様に祈りを捧げる際に失礼があってはいけないから、と花言葉についても詳しかった。あなたは彼ほど興味があったわけではなかったが、隣で楽しそうにあれこれと喋る少年の話を聞くのは好きだった。家で埃を被っていた年代ものの分厚い植物図鑑を父の承諾を得てから彼に譲ると、「ずっと大事にします!」と白い頬を赤く染めて満面の笑みを見せてくれたのを覚えている。こちらまで満たされた気持ちになったものだった。
それから、彼と会う時はいつもその植物図鑑を大事そうに抱きかかえていた。厚い雲によって太陽の光が閉ざされ、大半の植物が枯れてしまったこの時代、本に載っている植物を実際に目にする機会は少なかったがひとつ見つける度に二人で大人にはないしょ、と笑い合った。自分たちだけの宝物にしておきたかった、幼心ゆえの約束。彼はまだ覚えているだろうか。
誕生日プレゼントにと、少し不恰好な花冠を編んでくれたあの日の少年の手には血に濡れた魔導書が握られている。女神サタナエルが死者を弔いたいと集めた花束は幻獣に踏み潰された。世界は、幼い子供たちが想像したよりも遥かに非情だった。四葉を見つけたと無邪気にはしゃいでいた少年は、もうどこにもない。
「肩に何かついていますよ」
クロウに指摘され、指で摘む。小さな、花弁。戦いに巻き込まれなかったのか、白さは失われていなかった。
「シロツメクサですか。誕生日プレゼントにと、あなたが少し不恰好な花冠をくれたことがありましたね」
クロウは懐かしそうに目を細める。自分も贈ったことなど、あなたはすっかり忘れていた。
「私が不器用だと零してしまったら、あなたはずいぶんと拗ねて。クロウが作ったやつのほうがひどかった! と言われたのはなかなかショックでしたよ」
やはり、あなたの記憶にはない。しかし、傷ついた彼の顔は思い描くことができた。なんとも惨いことを言ってしまったのだなと反省する。今更ながらに謝罪したあなたに、クロウは緩く首を振った。
「いいえ。あなたはその後四葉のクローバーで栞を作ってくれたんですよ。謝罪はすでにもらっています」
歪んでしまい、何度もやり直した栞。手伝おうかと申し出てくれた父を断り、ひとりでやる! と言い張った遠い日の思い出。あれは、彼にあげたものだったのか。自分でさえ忘れてしまっていたことを彼が覚えていてくれたのが、あなたにはとても嬉しかった。
そうだ、この世界は悲しいことばかりではない。シロツメクサを背に、あなたはまた歩き出す。