ソレは大層美しい幻影だった。色鮮やかな飾り羽、扇状に広がる翡翠色の翼、何者をも切り裂いてしまえそうな鋭い爪と獲物を咥えて離さない嘴。どこかで見たことがある、とあなたは昔父に読んでもらった図鑑を思い出す。

 数多の生物が載る本の中でも一際目立っていたその生き物は、孔雀といった。父や師匠に教わった知識が確かなら、72柱の内の1柱、アンドレアルフスが孔雀の容姿をしていたはずだ。あなたが使役するアンドレアルフスは孔雀の意匠を含ませつつも「わっはーい! あるじさま!」と慕ってくれる可愛らしい少女なので、忘れがちだったのだが。

 古い記憶を呼び起こしたせいか、幼少の頃あなたは度々同じページを開いていたことまで脳裏に蘇る。父に折り癖がついてる、と指摘されたほどだった。今の時代には決して見ることは叶わないだろう美しい鳥は、幼い子供を魅了するには十分だったのである。綺麗だと思った。目の前の「彼女」にそう感じたように。

 アスタロトの伝承を考慮すると竜の可能性もあったが、伝説上の生物よりもかつて生存していた生き物の方があなたにはずっと身近だった。

 他の幻影が元の姿とは大きく異なる中、アスタロトの幻影は「彼女」の面影を色濃く残していた。500年もの間、強烈な憎悪を募らせながらも神側についていたアスタロトの面影を。根底にあったのは、ただただ仲間への深い愛情なのだろう。並大抵の覚悟で行えることではない。だからこそ、幻影の上にいる虚ろな瞳をした少女に彼女の無念を感じずにはいられなかった。その無念を前にして、いつまでも見惚れているわけにはいかない。自分は戦わなくてはならないのだ。それが彼女を解放する唯一の手段であるならば。

 力を貸してほしいとあなたは魔神に指示を飛ばした。

 今まで戦ってきたどの幻影よりも彼女は手強かった。多彩な攻撃に加え、こちらの行動を惑わす全体攻撃は厄介という他なかった。数ヶ月前の、本部が壊滅する前のあなたであれば、端から勝負にならなかったに違いない。戦神とまで謳われたアスタロトの力は、それほどまでに強力だった。

「当然でしょ、わたしのスートっちだからね♪ ああ、本気の斬り合いは楽しかったなあ……ねえ知ってる? あの羽を抜くのもすっごく楽しいんだよ♪ 」

 最も頼りになると召喚していた魔神――フルフルは異形の左手を頬に当て、うっとりとした表情で語る。思わず想像してしまったあなたは、顔を青ざめさせた。

「ああもちろん、お前がやったらわたしがお前を殺すから。おかしなことは考えるなよ?」

 とんでもないとあなたは慌てて首を横に振る。何もしていないにも関わらず冷え冷えとした殺気を向けられ、生きた心地がしなかった。今後フルフルの前でアスタロトの名前を出す時は慎重になった方がよさそうだ、とあなたは胸に刻んだ。

ひび割れたジェダイト