数時間にわたり仲間の遺体を燃やし続けていた炎が、呆気なく燃え尽きる。ああ終わったなあ、と上手く働かない頭で茫然と見送った。
「……魔力がすっからかんですね」
クロウにしては珍しい物言いだなとは思いつつも、茶化す気力はない。あなたは力なく頷き、召喚していた魔神や救援に来てくれた部隊の魔導師たちに労いの言葉をかけた。しかし相当ぎこちなかったのか、皆一様に痛々しそうな顔であなたを気遣ってくれる。その優しさがたまらなく申し訳なく、引き出してしまったことを後悔した。こちらから話しかけたら、無視はできないだろうに。
「出発は明朝にしましょう。今日は休んでください。お疲れさまでした」
沈んでしまった空気を断ち切るようにして、クロウが重ねる。上手いな、と思った。彼だって疲労の色を濃く滲ませているにも関わらず、周りをよく見ている。それはまるで師のようで、いつかのあなたが憧れたなりたかった自分の姿だった。
「私達は小川に行きましょうか」
言いようのない劣等感で胸の奥がざわつくのを抑え込み、クロウと共にその場を後にする。火は消えたはずなのに、背後ではまだなにかが燃えている気がした。
小川に向かうクロウとあなたの間に会話はない。けれど、彼が何を考えているのかは手に取るように分かる気がした。あなたの想いも、彼には筒抜けだったに違いない。怖かったのだ、一度口を開けば情けない弱音が出ていってしまいそうなことが。かといって、実体を伴わない希望を吐き出したところで虚しく響くだけなのを悟っていた。それほどまでに心労が溜まっていたし、長い付き合いである彼の前で取り繕っても意味を成さないことも知っていた。
両手を水につけ、べったりとこびりついていた血を洗い流す。その時になって初めて、手のひらから漂う強烈な死臭が鼻についた。あなたは思わず顔を顰める。死後時間が経っていた無数の遺体をこの手で運び、重ね、焼いたのだから、当然の話ではあったのだ。――どうせ慣れるよ。魔導師になったばかりの頃先輩に言われた一言が蘇る。本当は慣れたくなんてなかった、なのに、血が飛び散った瓦礫が散乱するあの場所の臭いに慣れてしまっていた事実に気づいてしまい愕然とする。いやだな、と感じた自分は一体どこへ行ってしまったのだろう。そもそもどこにもいなかったのだろうか。がんばります! と明るい未来を夢見た自分でさえも。
訳のわからないごちゃごちゃとした感情が押し寄せ、あなたは無我夢中で両手を擦り合わせた。何度も、何度も、落ちるまで。しかし臭いは消えるどころか益々強くなっていく。手のひらだけではない、爪の中や髪の毛の一本一本に至るまで、全身に染み付いてしまっていた。試しに外套を嗅げば、最早手遅れなのではないかと諦めが先に訪れる。だが、替えのない状況で放置するわけにもいかない。クロウも思うところは同じだったのか、外套と上着を脱ぎ水に浸す。普段の彼からは想像もつかない乱暴な動作だった。そのくせ外套を擦る手つきはやたらと丁寧なものだから、そこに彼の矜持が垣間見えた気がしてあなたは何故だか無性に泣きたくなった。
おかしな話だと思う。仲間を無惨に殺され、一人生き残り、仲間たちの腕や脚、原型も留めていないモノを拾い集めた時すらも涙は出なかったというのに、残った一握りのものを大事にしようとする彼を見てようやく実感がわくとは。
叫びだしたくなる衝動に駆られ、あなたは水の中に勢いよく顔を突っ込む。
「ちょっ何して、大丈夫ですか」
右手を上げ、大丈夫だと答える。
あれほど熱かったのが嘘のように、小川の水は冷え切っていた。薄く目を開ければ水底を泳ぐ小魚が視界に入り、堪えていた涙がとうとう零れ落ちる。あの魚も自分も、生きているのだ。生きているからこんなにも胸が痛むし、段々と息も苦しくなってくる。瞼に焼きつく彼らも、生きていた。些細なことで笑って、泣いて、未来を語り合った日々は確かにあった。次から次へと溢れていく涙もそのままにみっともなく泣きじゃくっていると、水がおかしなところに入り込みごほごほと咽せてしまう。生きていることを痛感した直後に死ぬのかと本気で焦っていたら、クロウが慌てた様子で背中を叩いてくれた。……恐ろしく痛い。骨を折る気なのか。力加減がおかしいと軽く文句を言ったあなたに彼は心底ほっとしたように微笑んで、最後に優しく摩ってくれた。
――ごめん。あなたは素直に謝る。彼からすれば、自殺行為に見えていてもおかしくはない軽率な行動だった。これが逆の立場なら、生きた心地がしなかっただろう。
「いえ、いいんですよ。でも、次は止めてくださいね」
次。彼は何気なく口にしたのだと思う。けれど明日を信じる言葉はどんな励ましよりもあたたかい光に満ちていて、あなたの心を包み込んでいく。存外、自分は単純な人間らしい。
ひどい顔ですね、と容赦のないことを言われたので、そっちも、と返しておいた。