崩壊した本部で、瓦礫を踏む音があちこちで響く。始めは避けようとしていた者もいたものの、皆途中で諦めたらしい。しかしあなたは、極力何も踏みつけないよう注意しながらサマエルを追った。覚束ない足取りのあなたを怪訝そうに見る魔導師もいたのは気づいていたが、どうしてもできなかった。

 だって、あなたはまだ覚えている。瓦礫の下に埋もれていた仲間の屍を。

「主様、大丈夫ですか……?」

 心配してくれたエルに、問題ないと返す。クロウの様子を窺うと、やはり彼の表情は暗かった。無理もない、目覚めた時にはクロウがいてくれたあなたとは違って、間に合わなかった後悔を抱えながらも生存者を探した彼の心情は察するに余りある。

 目の前で仲間が焼けていく炎の熱さも、一生分嗅いだ死臭も、耐え難い喪失感も、すべてが昨日のことのように鮮明に蘇る。何もなくなったのではない、あなたとクロウが空へ還したのだとは言い出せなかった。帰りたかった、でも本当は二度と戻って来たくはなかった。忘れられない、忘れたくはない、忘れられたくもない。未だに実感が湧かないのは、自分も同じだ。

 暁の協会本部には亡くなった魔導師の無念や後悔のような思念が多く集まっているとサマエルは語る。それはそうだろうな、とあなたは自然に思った。

 何百人もの魔導師があの日、何の前触れもなく命を奪われた。誰を守るでもなく、未来への道標になるでもなく、圧倒的な力を前にして成す術もないまま虫けらのように擦り潰されていったのだ。あんな死に方をして、彼らの魂が安らかであったはずがない。わかりきっていたことだ。なのに胸が痛むのは、自分が捧げた祈りも魔神が奏でてくれた鎮魂歌も何の慰めにもなれなかったことを知ったからだろうか。おこがましいことだと、あなたも自覚はしている。運よく生き残った人間が彼らの意も汲まずに勝手な想いを押し付けているだけなのだとも。でも、それでも師匠。死した後でまで苦しんでほしくはなかったのです。

 今は崩れ落ちた古城も、幼いあなたが度々迷子になるほど広く入り組んだ建物だった。あなたが歩き回っていると決まって誰かが助けてくれ、仕方ねえなあと笑いながら頭を撫でてくれた人がいた。一緒に行きましょうと手を繋いでくれた人もいた。子どもの扱いに慣れていなかったのか、おろおろと困った風に視線を彷徨わせてポケットに入っていたという貴重な甘味を分けてくれた人もいた。師匠はまたか、と呆れながらも仕事の合間を縫ってわかりやすい地図を書いてくれた。甘やかされていたわけではないけれど、大人に守られていたのだと気づいたのは外套を纏うようになってからのことで。――彼らの魂もどこかで彷徨っているのだろうか。

 サマエルの邪魔はさせないと、あなたは腰のホルダーに手を伸ばし魔導書を取り出す。戦い方は、心構えは、師匠や多くの魔導師から学んだ。どうか力を貸して欲しい。サマエルの想いに重ね、あなたも願う。

 ――――仕方ねえなあ。
 懐かしい声が遠くで聞こえて、あなたは思わず振り返る。だが、そこには何もない。気のせいか、と戦闘に集中した。襲いかかってくる天魔を一体一体、確実に倒していく。あなたとクロウ、リガル、ダイアン、第四支部の魔導師。人数こそ少なくても、不思議と負ける気はしなかった。

「予知は成功しました!」

 わっと上がる歓声に紛れ、あなたもよかったと胸を撫で下ろす。その時、優しい風が頬を撫でて通り過ぎていく。

 ありがとう。あなたには見えない淡い光に向かって感謝の言葉を告げる。最後にもう一度吹いた風が、魔導書のページを揺らした。

誰が為の祈り