「いや、いいわ。俺も大人だからな」
リガルに渡そうとした焼き菓子は行き場を失い、さてどうしたものでしょうかとクロウは思案する。いらないと断った少年に押し付けるつもりもない。ちら、と副隊長に目線をやれば緩く首を振られたので、どうやら当初の予定通りクロウが食べる方が角が立たなそうだ。
「そうですか? では頂きますね」
焦がしバターとアーモンドの香ばしい匂いを漂わせている菓子を口にするのは実に久しぶりだった。楽しみにしていたのはリガルだけではない。クロウも、副隊長だって、一日の終わりに食べるのを心待ちにしていた。なのにあっさりとバラムに差し出してしまったのだから、クロウの幼馴染は相変わらず人が良い。バラムが来なかったとしても、リガルが欲しいと強請っていたら快く譲っていたのだろう。本当は食べたかったくせに、と胸中で呟きつつ口に運ぼうとすると、物欲しそうにこちらを見てくる少年に気がついた。
「……食べますか?」
「い、いらねーし!」
彼がここまで強情なのも珍しい。普段なら受け取っていそうなものですけれど、と考えて、なるほどこの空気の中では貰いづらいかもしれないと察する。「俺も大人だからな」という台詞からして、自分だけが子供のように思えたのだろう。戦闘中ならともかく、年の夜くらいクロウとしては気にしないのだが。
「なら半分にして……いえ、三等分にして分けましょうか」
三、と数字を出すと、副隊長が目を丸くする。その反応に気を良くしたクロウは口元に笑みを浮かべて、ナイフを手に取った。
「待て!! 俺が切る!! 任せろ、全部同じ大きさにしてやるから!」
食に関して、クロウも副隊長もリガルの指示に従うことにしている。お願いします、とナイフを手渡せば、それはそれは真剣な顔つきで焼き菓子と向き合った。……任務中でもこのくらい集中してほしいものだ。
宣言通りリガルはきっちり三等分にしてみせたものの、「こっちの方が大きい気がする……」とぶつぶつ言い出す。ならばと彼に譲ろうとしたら「だから子供扱いすんなっつの!」と怒られてしまったため、三人でじゃんけんして好きに選ぶことにした。
元より数口で食べ終えてしまう菓子を三等分にしたせいで、腹に収まるまではあっという間だった。けれど、三人で分けた焼き菓子はこの一年で食べたどんなものよりも甘く、幸福の味がした。
「来年もよろしくお願いします」
「来年もよろしく!」