この世界にヒーローはいない。いるのは、己の命を懸けて戦い続ける魔導師だけだ。

「お願い! お父さんを探して!」

 傷を負ったひとりぼっちの少女が、必死の形相で懇願してくる。その姿に胸は痛んだけど、隊長は断るだろうなあって思った。キリがないからだ。でもファラと名乗った異界の少女が先に承諾してしまったものだから、さすがの隊長も良心がぐらぐらと揺れて断りづらいらしい。

 どうしましょうか、って視線を彷徨わせてるのは決断力のあるこの人にはなかなか珍しい。いくらなんでもこの場面で「無理です」は言えねーよなあ……。藁にも縋りたい少女の気持ちも、彼女を助けられると信じてるファラちゃんの純粋な気持ちも、隊長がわからないはずはないから。

 副隊長がこくんと頷いたのを確認したクロウ隊長はひとつ大きなため息をついてから「探しましょう」と部隊をまとめる者として方針を定めた。リガルは「絶対探してやるからな!」ってにこやかに笑い、ファラちゃんも「ファラもさがすぞー!」と少女に話しかける。

 子どもたちの無邪気な光景に紛れたけど、ふう、って肩の力が抜けたような声が背後からいくつか漏れ聞こえた。わかるわ、俺も胃が痛くなりそうだったもん。副隊長はそのへんのフォローもしっかりしてて、さりげなくクロウ隊長の肩を叩いてる。……隊員に犠牲者が出るかもしれない場合は切り捨てる方を選ぶことを、俺たちは知っていた。

 魔導師ってのは、物語に出てくる輝かしい英雄とは似ても似つかない。すべての命を救えたならそりゃ格好いいが、一握りのものを守るだけで精一杯。一生縛られる契約までしてるってのに仲間たちは遺体で帰って来られたらマシな方で大体は戦場に打ち捨てられるし、明日は我が身。

 でも、天魔一匹倒せれば誰かが生き延びられる。裏を返せば、逃した天魔一匹で誰かが死ぬ。上位天魔だったりしたら村一つ滅ぼしかねない。俺たちがしてるのは、そういうぎりぎりの戦いだ。クロウ隊長が断っていたところで、俺たちは責められはしない。村人の命は決して軽くなんてない、でも優先順位は存在する。してしまう。その優先順位を決めるのが、隊長という役職なんだと思う。「人一人探すのに人員を割けない」って隊長も多くいるだろう。

 でもさ、でも。俺は、クロウ隊長のいかにも人間くさい情を嬉しいって思っちゃうんだよなあ。だってそれは、あの人が幼き日に置いてきてしまった心のやわらかい部分だ。副隊長とリガルがいてくれなければ冷たい海の底に眠ったままで誤解され、かつての新米魔導師がしたように非難されていたに違いない。繰り返すごとにあの人の心は凍えていく。そんなのは、あまりにも哀しすぎるだろ。

 隊長は部隊を二つに分け、少女の父親を探す隊と少女を村に送る隊とで別れる。ここでさあ、少女が懐いてるリガルとファラちゃん、隊長に良い感情を持ってない隊員をさらっと後者に割り当てるんだよなあ。戦力が偏らないようにまとめ役の1級魔導師も添えて。なのに絶対言葉にはしないんだよ。いっつも思うけど、もうちょい本心を喋ればいいのに。副隊長が「クロウは仕方ないなあ」って目で見てんの、本人は気づいてんのかね。気づいてないんだろうな。いいよいいよ、俺たちはあなたについて行きますとも。

 リガルがいなくなると、隊長と副隊長は途端に会話が減る。ふたりとも真面目を絵に描いたような人たちで、世間話とかしないからな。アスちゃんに異界の話を振ったのも仕事だから、って理由が大部分を占めるだろう。気さくなアスちゃんのおかげで和気あいあいとしてるけど。

 あれはもう、天性のものなんだろうな。「村の店に寄ろうぜ!」ってガンガン行くリガルもすげーわ。お前こそ勇者。実際はただの村人だからこそ、垣根なく接することができるんだろうけどさ。女神相手でもお構いなしなせいでこっちは手を焼くけど、あいつのああいうとこ良いなとも思う。お前絶対ファラちゃんと精神年齢近いだろ、俺は知ってるぞ。

 少女の父親を探し始めて、どれくらい経っただろうか。クロウ隊長は「それほど時間はかからないでしょう」って言った。俺たちも、そう信じた。まっすぐなファラちゃんに感化されてたのかなあ、頑張ったら頑張った分だけ報われる世界であってほしかったのかもしれない。現実は、生易しいものではないっていうのに。

 天魔に食い散らかされた死体を見つけ、うげ、と声に出してしまうところだった。内臓や心臓は鋭い爪で抉られ、本体から離された腕や足は骨が見えてしまっている。体格と、真っ赤な血だまりの中心に転がった頭部で、青年だとわかった。まだ亡くなってからそれほど時間も経ってないなと冷静に考える自分と、もしかして探してた相手かとショックを受ける自分とが同時に襲いかかる。

「少女を連れてこなくて正解でした」

 故人を悼む気持ち、遺された少女への気遣いが込められた一言だった。

 長く魔導師をやっていればいるほど、死への感覚は鈍る。何も感じなくなるわけじゃない、けど、慣れていってしまうのだ。俺も、「またか」って思ってしまった。初陣ではげーげー吐いてたくせにな。でも隊長は、よくあることでは済まさなかった。一人の死と向き合い、遺族のことも慮っている。俺が死んだ時もこの人に看取ってもらいたいなあ、ってのは不謹慎だろうか。いや、やっぱだめか。少女に死を告げなくちゃいけないこの人に余計なもんまで背負わせたくないな。精々足掻いて生きよう。

 父親は助けられなかった。少女と一緒に泣いてやることも、俺たちにはできない。だからせめて、目に焼き付けていよう。娘の前で気丈に振舞う母親を、泣き崩れた少女を抱きしめたファラちゃんの優しさを、ファラちゃんと少女の肩を抱くアスちゃんの慈愛を、深々と頭を下げて去っていく隊長と副隊長の背中を、唇を噛むリガルを、全てを見ている魔導書の姿を。丸ごと抱えて、明日も生きていく。

 ――――俺たちはヒーローにはなれない。俺たちは魔導師だ。

生きとし生けるものよ