世界が終わる。

 十二枚の翼を広げた死神は、たった一瞬で何もかもを奪っていった。夢、希望、未来、……それらを抱いていた人間の命。――明日が、続いていくはずだった。なのに自分は、ひどい死臭が漂う中でどこの部位かすらわからない仲間の遺体を集めては重ね、集めては重ね続けている。クロウや救援に来てくれた部隊もあなたと同じように広い敷地内を歩き回り、瓦礫をどけ、可能な限り回収してから一カ所に戻って山を築いていく。常に誰かの息遣いが聞こえていた本部だとは思えない静寂の中、延々と繰り返す。表情はみな暗く、足取りも重い。精神的にも肉体的にも、過酷な作業だった。

 死者は何も語らない。生者に恨み言を連ねることもない。あなたが魔導師になって十年近くが経つ。人の死に触れるのは珍しくはなかったが、視界を埋め尽くすほどの屍を目にしたのは後にも先にもこの一度きりだった。

 本当ならば最後まで生存を信じるべきなのかもしれない。だがあなた以外の生き残りがいないことは嫌でも感じ取っていたし、縋るように彼らを見たあなたにクロウが音もなく首を横に振ったのがすべての答えだった。自分はひとり、生き残ってしまったのだ。ただ運が良かっただけの、自分が。視線を落とすと手についていた血が仲間の顔を汚してしまっているのに気付き、袖で拭く。意味がないことも、充分に理解していたけれど。

 彼らを燃やしてあげて欲しい。言い回しは異なっていたものの、魔導師たちは召喚した魔神に指示を出す。普通の火よりも魔神が使用する魔法の方が火力が高いためである。あなたが喚び出したのは火魔法に特化したウァプラ、ファイアを覚えているアムドゥシアス、ロノウェ、デカラビアだ。召喚理由もわかっていたのか、あなたが言い終わると同時に各々の武器を構え魔法を放つ。小さな火はやがて燃え広がり、凄惨な死を遂げた仲間を包み込んでいく。誰かを守るための力が、今は別の使われ方をしている。こんな風に命じる主を、彼女たちはどう思っているのだろう。尋ねる勇気は、あなたにはなかった。

 一緒に燃やしている小枝が爆ぜ、パチパチと音を立てる。本部には洋裁師、料理人、商人など戦闘には参加せずとも生活を支えてくれる人々も数多くいた。長く本部にいたあなたは、知り合いも多い。にも関わらず頭に浮かぶのは一握りで、灰になっていく全員を把握するのは不可能に近かった。昔話をしようにも、参列者は限られている。あなたとクロウ、援軍に来てくれた支部の隊員。この中の誰も会ったことのないひとは、一体何人いるだろうか。胸が切り裂かれそうな痛みを感じていた時、風でぱらぱらと揺れているそれを見つけた。クロウの横を通り過ぎ、初めて手にした時の気持ちを思い出しながら拾い上げる。

「……どうしましたか?」

 血塗れになり、ページは破れ、持ち主も定かではない迷子の魔導書。あなたは逡巡した後、炎の隅に添えた。

「主様……」

 魔導書には意思が宿る。非常時を除いて簡単に捨てられるものではなく、使用者がいなくなった場合や失敗作は神聖な場所で儀式を経て廃棄される手筈になっていた。しかし本部が崩壊した今行うことはできない上に、一魔導師にしか過ぎないあなたはその方法も知らない。無数の遺体と共に焼くのは咎められる行為ではあったが、このまま野晒にするよりは良いのではないかと思えた。主を失った魂が天魔に、エニグマになってしまうなんてそんな悲しい終焉は迎えてほしくなかった。

「そうですね……私も、同感です」

 絞り出すように呟かれたクロウの言葉に、あなたは胸を撫で下ろす。自分の感覚は一般的ではないと、これまでの人生で学んでいる。エルのこともあって、魔導書への思い入れが人よりも強い自覚もあった。

「師匠の魔導書も……見つけられたらよかったのですが」

 魔導書は命の次に大事なものだ、決して手放すなと口を酸っぱくしてあなたたちに教えた師匠である。最期まで離さなかったに違いないと想像はつく。あなたが右手に握りしめていたのも師匠のおかげかもしれない――そこまで考え、あなたは覚悟を決めて頼み込む。

 自分が死んだときは、必ずラジエルの書を回収してほしいと。

「何故……っ、いえ、その通り、ですね。あなたが副隊長として加入した際に、師匠にも念を押されていたことです」

 二人の会話を聞いていたわけではない。しかし交わされた内容は知っていた。あなたが入る隊の隊長には前もって告げられていたことだからだ。

 天界大戦よりも以前から存在するラジエルの書は、神が人間に譲与した数冊のうちの一冊である。替えの利かないものであり、敵の手に渡ることも天魔になる事態も避けねばならない。そのため、いかなる状況下であっても最優先で探されていた。だからこそあなたの手元にあるのだ。父の形見と呼べるものは、このラジエルの書と彼が身に着けていた指輪のみである。

「わかりました……約束しましょう」

 現実的に考えれば、自分が亡くなるときはクロウも生きてはいないだろう。置いていけるような人ではないことも、あなたはよく知っている。だがそれでも、可能性は残していたかった。生きていてほしい、例えそれが、世界で一番残酷な願いでも。

「主様……エルの主様は、あなただけです」

 あなたは頷く。命を投げ出すつもりはない。自分を立ち上がらせてくれた友と、エル、力を貸してくれる彼らと共に再び戦うと決めたのだから。

アルマの涙