育て方を間違えた。今頃になって悔やむとは、私は愚かで情けない親だった。

 最愛の妻の忘れ形見である娘は、それはそれは愛らしい少女だった。父親の家系に稀に生まれる美しい白髪を靡かせ、母親譲りのぱっちりとした目は見るもの全てに興味を示し、子供らしい無邪気な笑顔は多くの人間を魅了した。

 最初に娘が「わたしもあれがほしいの」と言い出したのはいつの頃だったか。確か、そう――妻が大事にしていた人形だった。妻の母親が贈ったものだという。くすんだ金色の髪に青いワンピースを着ているだけの素朴な人形で、人前に出せるようなものではなく、妻の部屋にひっそりと飾っていたものだ。持ち主がいなくなった今、娘が欲しいというのなら断る理由もない。男は二つ返事で娘に人形を譲った。

「このお人形さん、なんだかさみしい」

 折角の人形なのだからおしゃれにしたい、との事だった。サテンのリボンで髪を結い、繊細なレースが幾重にも広がったドレスに着替え、青い宝石が煌めくネックレスが胸元を彩る。はだしはかわいそうよ、と言うので、靴も履かせてやった。妻が愛した人形の面影はなくなっていたものの、その方が美しいと男も思ったし、何より娘が喜んでいたから「可愛くできたね」と褒め称えた。他にもいくつかの人形を揃えたが、着飾りたい対象が人形ではなく自分自身に移るまでに大した時間はかからなかった。

「おとうさま、わたし、あれがほしいわ」

 娘が望むものはなんでも買い与えた。可能なだけの財力があったし、妻が亡くなった後は途絶えてしまっていた宝石商人やドレス商人との繋がりが濃くなるのは気分がよかった。「流石、お目が高い」「お得意様ですからね、特別ですよ」「全てと仰ったのはあなたが初めてです、いつもありがとうございます」「本当に可愛らしい娘さんで」社交界に出れば、羨望の眼差しを向けられる。心のどこかに空いていた穴が、埋まっていくようだった。

「お父様、私、かわいいでしょう?」

 ああ、可愛いよ。お前は世界で一番可愛いとも。
 際限なく増えていくドレス、アクセサリー、毎日開かれるパーティー。隣で上機嫌に笑う娘。こんな日がいつまでも続くのだと、何の疑いもなく信じていた。

 化物が、外に……燕尾服を真っ赤に染めた男が、扉を叩く。慌てて駆け寄り、すぐに医者を呼ぼうとしたが、最期に大きく血を吐いてそのまま動かなくなってしまった。顔の半分は拉げ、右腕と右足は機能を失い、ここまで辿り着いたのが奇跡のようなものだったのだろう。先代の頃から仕えてくれている働き者の男だった。もう一人の父であり、兄のようでもあった人だ。娘も大層懐き、「お嬢様の子供に会うまでは死ねません!」が口癖になっていた。彼に何があれば、見るも無残な死を遂げるのか。化物とは、一体?

「やだ、お父様……私怖いわ……」

 遠くで一部始終を眺めていた娘が真っ青な顔で零す。ああ、いつものように慰めてやらなければ。男は執事を横たわらせ、歩き出す。

「この黄金でどうにかなるかしら?」

 何を、イッテイルノダロウ? あんなにも愛らしかった娘の顔が、声が、ぐにゃりと歪む。男の目の前にいるのは、金で塗り固められた醜い「バケモノ」だった。

 ――――わたしね、じいやのこと大好きよ。長生きしてね、ぜったいよ。
 彼の誕生日に娘が花を贈った時、彼は目元も口元も緩められるだけ緩めて、この世で一番の宝物だと言わんばかりに大切そうに受け取っていた。プリザーブドフラワーに加工された花は、彼の部屋で主の帰りを待っているはずである。そういえば、妻が一等大事にしていた人形はどこへやっただろうか……。

 大丈夫だよ。娘にそう返してやれなかった私を見て、あなたたちはなんと言うだろう。答えを知るまでに時間はかからない。だが、まだ早い。武器など持った事のない手でも、親として子を守らなければ。

 誰よりも愛していた私の娘、私が作り出した化物として死んでゆく哀れな娘。愛していたよ。きっとお前には、伝わらないのだろうけれどね。

終わってしまった夢の続き