「師匠に悪戯しよう!!」
右手に真っ白なシーツを二枚、左手に顔がくり抜かれたかぼちゃを持って部屋に入ってきたあなたの言葉に、楽しそうだと思ってしまった。
「悪戯?」
「せっかくの祝祭だよ、仮装して遊ばないと!」
亡くなった人の魂が秋の終わりに家族へ会いに還ってくる、死者の祝祭。しかし同時に悪霊や魔女も死後の世界から蘇ってきてしまうため、災いから身を守るために魔除けの焚火を焚き、魔物の仮面を被った。悪霊に自分達は仲間だと思わせる事により、子供が攫われないようにしたのだ。一般的な知識は、クロウにもある。だが何故遊ぶ発想になるのかまでは分からず尋ねたら、トリックオアトリートって言えばお菓子がもらえるんだよ! となんともまあ大雑把な説明が返ってきた。悪戯されたくなければお菓子をちょうだい、という意味らしい。
「今日の修行が午前までだったのってそのせい?」
「そうだよ。クロウってもしかして参加したことない?」
「ないかな。そういうことする家でもなかったし」
「えーつまんない。人生そんしてるよ」
「そこまで言う……?」
この子の家は違ったんだな、と羨望にも似た想いが胸に渦巻く。はっきりと言葉にされた事さえなかったが、高い魔力を持って生まれたクロウは魔導師になる道を周囲に期待され、同年代の子供と遊ぶ機会もなく部屋の片隅で本ばかりを読んで過ごしていた。そうしなければいけないと思っていたし、知らなかった事を学ぶのは苦にはならなかった。
といった事情をこの子に明かす気はしなかった。言って同情されるのも惨めになるのもどちらも嫌だったから。
「やったことないってことは、新鮮な気持ちでめいっぱい楽しめるってことだよ。はい!」
差し出されたシーツは目に痛いくらい真っ白で、まるであなたそのものだった。
「……シーツをどうするの?」
「こう!」
ばさっと頭から被り、「どう? どう?」と得意げな声でクロウに聞いてくる。なるほどお化けのつもりのようだ。
「それ前見えなくない?」
「あっ! 穴開けたらまずいか……新しめのだしまずいよね……。古いのもらってこよ」
「一緒に行くよ」
「やった! オーブリーさんやダリアさんはお菓子用意してくれてるんだって!」
「師匠も用意してくれてたらどうするの?」
「お菓子もらって悪戯する!」
「それはありなの……」
「一年に一回だけだからたぶん大丈夫! クロウは悪戯するのいや?」
クロウが乗り気ではないのなら無理をさせるのは、と気遣ったのだろうが、意地悪な質問だと思った。特別に夜更かしが許される日に仮装して大人達に悪戯を仕掛けるかお菓子がもらえる。心惹かれない子供がどこにいるだろうか?
「何をするか考えなくちゃ。怒られない程度にしないと宿題が増えるよ」
「う、たしかにっ。よーしまずはシーツもらって穴あけよ~それから作戦会議!」
「わかった」
結局、手作りのクッキーを焼いてくれていた師匠に宿題を二倍にされてしまった。けれど懲りなかった二人は来年もまた両方選ぶのだ。
「懐かしいですね」
「へー、お前らでもそういうことやってたんだな」
「リガルはやった?」
「やった、やった。菓子をもらえるのは稀だったしあちこちに悪戯してたな」
「それっぽい。リガルの悪戯って手が込んでそう」
「お、聞くか?」
「聞く聞く。そのためにも今日もお仕事頑張ろうか。ついでにクロウの失敗談も話してあげよう」
「おばけもういないかな? 今音しなかった? と泣きべそをかいていたあなたのこともばらしますよ」
「あーーー!!」
「主様、天魔の気配です!」
「ありがとエル。リガル、気を引き締めていこう」
「ちゃんと聞いてたかんな。お前って泣き虫だったんだな!!」
「泣いてない、泣いてない!! ほらそこも笑わない!! ――――さあ、いこうか!」