人々の心を和ませた桜も今年の役目を果たし、初夏の涼やかな風が若葉を撫でる。開け放った窓から吹き込む心地良い薫風が柔らかな目覚めを誘うこの季節が好きだった。幼馴染の少年には、春も秋も冬も似たことを言っていたねと素っ気なく返されてしまったけれど。自分でも納得してしまったせいでぐうの音も出ない。しかし、軽い気持ちで話しているわけではないのだ。相手にもそれは伝わっているだろうが、この感覚は理解してもらえないことにほんの少しの寂しさと歯がゆさが混じる。
恐らく自分は他の人と何かが根本的に異なっているのだと、最近になってようやく自覚し始めた。思えば、実の両親にも幼馴染の少年にそっくりの表情をされることがあったのだ。気を悪くさせた風でも、呆れている風でもなく、ただただ困惑させてしまい、記憶の中で息をする母はいつも眉を下げていた気がする。
再会は叶わず、永遠の別れとなったあの日も母は「ごめんね」と謝っていた。自分は、母親が謝らなければならないことをしていたのだろうか。彼女の真意を推し量ることができないのは、まだ子どもだからなのだろうか。大人になれば、季節が移り変われば、掴めるものがあるだろうか? わからない。ひとつ確かなのは、母を失ってもうすぐ一年が経つということだけだ。
その日は、篠突く雨が窓を打っていた。恵みをもたらしてくれる雨も好きだが、今日ばかりは落胆してしまう。昔読んでもらった絵本の「亡くなったひとはお星さまになって空からあなたを見守ってる」という一文を信じてはいないけれど、こんな天気では見られないと気持ちが沈む。やだな、と滅入っていたら、ノックの音が響いた。
「はい」
部屋に入ってきた幼馴染の少年に、白い布と紐、書き損じた紙を渡される。一応受け取りはしたものの、何をしようとしているのかはさっぱり読めなかった。尋ねてみても「うん」としか返事がなく、椅子に座って作業を始めた彼の様子を窺うしかない。
紙をくしゃくしゃと丸め、白い布で包み、最後に紐で結ぶ。そうしてできあがったものは、雨がやみますようにと願いを込めて軒先に吊るす人形だった。
「クロウ」
どうして。彼はこういったものを好まないはずだ。
「雨が、降ったから……星が見えなくなると思って。当日じゃ効果は薄いかもしれないけど」
気恥ずかしいのか、目線は合わない。だが言葉数は少なくてもはっきりとわかる。彼は、母の命日を覚えていてくれたのだ。いつかした人形の話も、蔑ろにしたりはしなかった。今自分が抱えている気持ちを掬い取り、やさしさで返そうとしてくれている。……ああ、悲嘆にくれる必要はなかった。たとえ違うものを見ているのだとしても、歩み寄ってくれるひとがいれば孤独にはならない。きっと、彼が望まない。
ありがとう。零れ落ちそうになる涙を袖で拭って、彼と同じように人形を作る。完成したふたつの人形は、師匠が吊るしてくれた。この城に飾られるのは初めてかもしれないな、と滅多に見ることのない穏やかな笑みを浮かべて。
仲良く並んだふたつの人形は、無事に願いを叶えてくれた。星空を眺めながら、母もどこかにいてくれればいいと夢を見る。回収した人形には顔を描き、彼が作ってくれたもう片方にもにっこりと笑った目と口を描く。
雨上がりの朝、窓を開ければ、新緑の香りが部屋中を満たした。
7.天秤座「片方」「あの日」「初夏」 指定された番号のワードを使って書く