燦々と太陽の日差しが降り注ぐ、コバルトブルーの透き通った海、白い砂浜。あなたの世界ではとうに失われてしまった、写真の中にしか存在しない美しい光景。ある者は遠くまで泳ぎ、ある者は砂の城を作り、ある者達は水をかけあって遊んだ。命を懸けた戦いを日々繰り広げる魔導師たちの、束の間の休息。あなたも、砂浜でエルと一緒に貝殻を探す。
「もう何も出てこねーだろ?」
俺は泳ぐ! と真っ先に海に飛び込み、巧みな泳ぎで瞬く間に姿を消したリガルが丁度戻ってきたらしい。
「綺麗な貝殻を探してるんだよ。ね、エル」
「はい、主様」
「それ楽しいかあ……? つーかどうしたんだよその格好。暑くねえの」
リガルが訝しげに尋ねてくるのも無理はない。今のあなたの格好は、半袖のシャツにショート丈のパンツという活動的な服装――残念ながら水着は持っていなかった――の上に外套を羽織っているからだ。しかも外套は思い切り砂で汚れてしまっている。洗う手間を考えると、脱げるものなら今すぐに脱いでしまいたい。
「暑くないように見える……?」
「なら何で着てんだよ」
「これクロウのなの。よくわかんないんだけど絶対に着てくださいって押し付けられた」
「あー……」
あなたも、着るつもりはなかった。散々断ったのだ。しかしクロウは頑なに譲らず、嫌なら普段の服装でいてください!! 隊長命令です!! とまで言われてしまったため、渋々受け取ったのである。
「リガルはわかるの?」
「わかるっつーか何でお前は気付かないんだよ。隊長の過保護っぷりが出たんだろ」
「ポラリス隊のみんなといるんだし天魔が襲ってきても問題ないよ?」
あなたは首を傾げる。するとリガルは首元に右手を当ててひどくめんどくさそうにため息をついた。海水でぺしゃんこになった髪も相まってか、海に遊びにきただけのふつうの子どもに見える。実際のところは異界の門の先で、終わってしまった世界にいるのだと彼も自分も思い知らされた直後なのだけれど。
「お前ってほんっとにその辺疎いんだな。どーいう生活してたらそうなるんだよ」
「え、師匠の地獄の特訓メニュー聞く?」
「人が楽しんでる時に地獄の話をしようとすんなよな……一気にテンション下がったぜ……。ひと泳ぎしてくる、まだ時間あるだろ?」
「うん、大丈夫だよ。いってらっしゃい」
「お前は泳がねーの? こんなチャンス二度とないかもしれねえのに」
「……リガルくん、あのね、私海が近くにない本部の魔導師なんだ」
「? おう」
「で、滅多に休みをくれない魔導師長の弟子なんだよね」
「なんだよ改まって」
「泳ぐ機会があったと思う……?」
沈黙が流れる。それからしばらくして「はあ!?」とリガルの叫び声が砂浜に響いた。
「じゃあクロウもかよ!? お前ら海楽しみだって浮かれてたじゃねえか!!」
「楽しいよ!! 泳ぐのがすべてじゃないもの!」
「海は泳いでこそだろ!! 俺が教えて……る時間はねえな……」
「いいよいいよ、リガルは行ってきて。すーってリガルがあっという間に向こうに消えちゃうの、見てて気持ちいいよ。十分満喫してるから大丈夫」
「……次」
「うん?」
「次があるかは知らねえけどその時は教えてやるよ。今度こそ休みもぎ取ってくれよな、副隊長」
魔導師としては不器用ながらも真っ直ぐな優しさに、あなたの口元には自然と笑みが零れる。
「任せて!」
ここは死した世界だと、アスタロトは言った。自分たちの世界も、絶望を受け入れ終焉を望んだ瞬間に同様の末路を辿った数多の世界の一つになると。人間は自分の手で世界を終わらせることもできるのだという。認めたくない気持ちもあったが、彼女の言う通りなのだろう。五百年もの長き間、劣勢を強いられながらも戦い続け今尚存続しているあなたの世界は奇跡のようなものなのかもしれないと思う。
だがその奇跡は人の手によって作られたものだ。彼らの犠牲を、願いを、忘れてはならない。受け継いだ自分たちが終わらせるようなことはあってはならない。少年がくれた約束を叶えるためにも。
とりあえず今はクロウに水をかけて暑いって文句を言おうかな。あなたは立ち上がりクロウの傍にいくために砂浜に足跡をつけていく。いつかは波に浚われて消えてしまうのだとしても、歩いた道を愛おしく思った。