私とあの子が初めて出会ったとき、わたしたちは運命に逆らうだなんて考えつきもしない無力な子どもだった。あなたを助けるためならすべてを犠牲にしてもかまわないと世界を敵に回すことになるとは、自分でもびっくりだよ。ううん、わたしよりあなたの方が信じられないでいるのかも。

 月神テスカと太陽神ククカ。双子の神は、二人で協力して一つの世界を造った。太陽神ククカが愛した光の世界と月神テスカが愛した闇の世界は上手く調和し、人々に繁栄をもたらす。ずうっとそうしていられたら、誰も悲しい思いはしなくて済んだ。結局のところ、例え双子であっても光と闇という対極の神さまは相容れなかったのかもしれない。
 世界を自分だけのものにしたかったテスカはククカを楽園から追い出し、光を失った世界は闇で満たされてしまう。地上に降りたククカは人間たちを導こうとはしたものの、太陽の明かりがなくちゃ植物は育たない。植物がないと動物も生きられない。もちろん、人間だって生きてはいけない。生きていくためには、特別な方法を取るしかなかった。太陽の力を捧げるっていう、残酷で、理不尽で、何よりも合理的な太陽の儀式を。

 太陽神の末裔――混沌の一族は、生まれてすぐに一族の長によってお役目を与えられる。わたしに課させられた使命は、「次期族長」だった。父親が現族長だったから、そういう運命だった、ってことなんだと思う。彼をお父さんと呼んだことは一度もない。抱き上げられたことも、頭を撫でられたこともない。わたしは次期族長で、あの人は族長だった。母は族長の妻になることを定められたひとだった。二人は喧嘩したりはしなかったし、お互いを思い遣りつつ生活してたし、情はあったんだろうけど、そこに愛があったかってなるとわたしには答えが出せない。ほんとうはほかにすきなひとがいたの。ゆらゆら揺れるまどろみの中で聞いた声は、遠い日のゆめだと思うようにしてる。べつに寂しくはなくて、わたしが両親の誇りになれてるなら満足だった。光の巫女ほどではなくても、族長も十分に崇められる立場だもの。立派な族長になろう、って本気で志してた。笑っちゃうでしょ。

 「次期族長」って肩書きは、わたしにとって当たり前で身近だった。ビヒモス、ってわたしを呼ぶのは族長のみだったけれど、疑問さえ抱いてなかった。あなたが光の巫女と呼ばれ続けたように。

「ビヒモス、今日はお前を光の巫女様に会わせる。くれぐれも粗相のないように注意しなさい」

 はい、と努めて冷静に頷く。族長は感情を露わにしちゃいけないって、そう教わってるもの。わたしの前を歩くこの人もいつも淡々としていて、笑ったところも怒ってるところも見たことがない。献上品の壷を不注意でわっちゃったときも、事務的に片付けながら「次は気をつけなさい」の一言しかなかった。持って行き場のなかった後ろめたさと、泣いちゃったわたしはだめな子なんだって気持ちがごちゃまぜになって、どうしたらいいのかもわからずに部屋の隅っこでめそめそしてたわたしを慰めてくれる人は誰もいなかった。

 光の巫女さまが住まう本殿は、本来なら太陽が昇る東面に向けて建ってる。闇にも染まらないまっしろな建物には儀式のとき以外はご神体が祀られていて、族長でも手続きなしには入れない神聖な場所。巫女さま以外で認められてるのは、お世話係の女性の神官だけ。わたしの代に生まれた方は、女の子って聞いてる。始祖さまの力をもっとも強く受け継いだ、わたしたちの世界を光で照らしてくださる方。ちゃんとご挨拶できるかな。たくさんたくさん練習してきたんだ。

 族長に連れられて奥へ奥へと進み、かたく閉じられていた扉が開かれる。彼女の存在を確かめるよりも早く、ぺこりとお辞儀した。

「光の巫女様、本日もお役目お疲れ様でございます。かねてからのお約束通りわたくしの娘をお連れ致しました」
「おはつにお目にかかります、光の巫女さま。族長が娘、ビヒモスともうします」

 頭を下げる角度とか、スカートの裾をつまむ指には一本ずつ神経を通してしなやかでなければいけないだとか、口をすっぱくして言われた。わたしが失敗することは族長やみんなの顔に泥を塗ることになるのだと。わたしは、上手にできてた? 順番はまちがってなかったかな? 巫女さまをご不快にさせてしまってたらどうしよう。耳が近いせいか、心臓から鳴る音がやけに大きく響いてばっくんばっくんうるさい。お腹がなんだかぐるぐるして、へんな感じ。朝に食べたものが全部どっかにいっちゃったみたいに空っぽになってる。どうしよう、わたし、いまなにしたんだっけ。どうしよう、どうしよう。いますぐにげちゃいたい。

「はじめまして」

 ちりんと鈴を転がしたような、かわいらしくもありながら澄んだ声が空気を一新する。わたしは顔を上げるのもわすれて、うっとりと聞き惚れた。すごい、巫女さまって声もすてきなんだ。そうしていたら隣にいる族長の鋭い視線を感じたから、慌てて顔を上げた。

 大人がふたり座っても余る椅子の真ん中に腰かけてじっとこっちを見てたのは、ちいさなおんなのこだった。

 わたしとは違う、まっすぐに伸びた銀色の髪。始祖さまと同じ、太陽に愛された肌の色。燃えるように赤い眼。床も、壁も、柱も、天上も、何もかもが不自然なまでに作られた純白の中で彼女だけが息をして、彼女だけが華々しく輝いていた。こんなにも綺麗な存在に会ったのは、うまれてはじめてだった。

「あなたがビヒモスね。私と同い年だと聞いて、一度会ってみたかったの。来てくれてありがとう」
「い、いえそんなっ! 光の巫女さまにお会いできて光栄です!」

 わたしの回答は100点満点とまではいかなくても、90点はつけられたと思う。でも巫女さまは目を伏せて、胸元に下げているペンダントに触れた。このあと何を喋ったのか、ほとんど覚えてない。用意してた台詞はどっかにいっちゃったみたい。族長に叱られなかったし、おかしなことはしてない、はず。わたしが曇らせちゃった巫女さまのお顔と、最後に聞いた「またね」って言葉が耳に焼き付いていた。

 再会はなかなか果たされなかった。族長の娘として学ばなきゃいけないことは数えきれないくらいあって、テスカさまとククカさまのことは当然、この世界の成り立ちや歴史、礼儀作法、舞い、運命の定め方や人を導く術などを毎日詰め込んだ。巫女さまをないがしろにするつもりはなかったけど、時間に追われて考えてる暇もなかった。次にお会いしたのは一年近く経った頃、巫女さまのお誕生日だった。

 両手いっぱいのお花を抱えて、本殿のひんやりとした廊下を歩く。この日のために用意された希少な宝石だとかドレスだとかは、族長が持ってる。お花も渡したい! ってわがままを言ったら巫女さまのイメージじゃない大輪の花束を作られそうになったから、わたしが自分で選ばせてもらった。可憐なのがよかったの。光の巫女さまにはふさわしくないって蹴られたものもあったんだけど、鈴蘭の花は絶対外さないでって念押しした。小さくついた花が鈴に見える、白くてかわいいお花。花言葉、巫女さまは知ってるかな。ぴったりだと思うんだ。

「お誕生日おめでとうございます」

 誰よりも尊い巫女さまに、感謝を伝えたかった。ありがとう、って。あなたがいてくださるおかげでわたしたたちは生きていけますって。族長やその妻、他の混沌の一族、わたしたちに頭を下げる人間が幾度となく口にしてきたように。

「ありがとう。お花は……あなたが?」
「はい、わたしが選びました」
「どうして、この花を?」
「光の巫女さまなら、お似合いになるとおもったんです。そ、それと花言葉が」
「花言葉?」

 巫女さまが、わたしと会話を続けようとしてくださってる……! 恐れ多くて、心がふわふわと落ち着かなくて、声が上擦りそうになる。こんな調子じゃ巫女さまにも族長にも呆れられちゃう。だいじょうぶ、わたしは大丈夫。一年前と同じ失敗はしないんだから。

「鈴蘭の花言葉は純潔、無意識の美しさなんです。あなたに贈りたいと、花束にしました」

 巫女さまっぽくないお花よりも、この人に合うものにしたかった。思った通り、濃い肌の色によく映えてる。白ばかりじゃなくて、明るい黄色のお花とかも混ぜたのがよかったのかも。

「ありがとう、うれしい……」

 はらり。巫女さまの大きな瞳から零れおちた一粒の涙が、鈴蘭を濡らす。淡いオレンジ色の照明が彼女の手元を照らし出し、命の雫に触れた箇所が煌く。まるで太陽の光を浴びた月のように幻想的で、胸がきゅうと苦しくなってくる光景だった。

「申し訳ございません、光の巫女様。娘の非礼を心よりお詫び申し上げます」
「ちがうの、ちがうわ。こんなにわたしのことを考えてくれた贈り物は今までなかったわ。ありがとう、ビヒモス……」

 花束を宝物みたいに抱きかかえるお姿に、嘘はまったく見えない。巫女さまは――ううん、この子は、自分自身への贈り物に感動して泣く子どもなんだって頭をがつんと殴られた気分だった。わたしと同い年の、特別でもなんでもないおんなのこ。途端、自分が恥ずかしくなる。わたしは、次期族長として光の巫女さまに贈った。ビヒモスからレヴィアタンという女の子にじゃない。お誕生日おめでとうも、巫女さまの生誕を祝ったの。

 そうだよね、わたしも、自分の誕生日には本当はぬいぐるみが欲しかった。でも、誰もくれなかった。族長の娘だから、次期族長だから、そういうものは必要ないの。ちっぽけな「ビヒモス」の意思は何の影響も及ぼさない。胸に感じた痛みがなんなのかわたしにはわからなかったのに、この子はちゃんと知ってるんだ。ごめんね、ごめん、ごめんなさい。

「お誕生日おめでとう、レヴィアタンさま……」

 今からでも間に合うかな。わたしはあなたを、知りたい。

「今年の誕生日は何がいい? レヴィアタン」

 レヴィアタンはやさしかった。わたしのことを少しも責めたりせずに、あなたともっと話してみたいって言ってくれた。だから族長をあの手この手で無理やり説得して、一週間に一回は必ず本殿に訪れるようにしてる。毎日でも来たいんだけどね。これ以上はいい顔をされないし、禁止されても困るってことで、二人で話し合って決めた。わたしが族長の子どもで、女じゃなかったらそもそも許可は下りなかったと思う。彼女を傷つけた立場に縋るのは複雑でもあるけど、会えなくなるよりはまし。まだまだ話し足りないもの。なのにお世話係の神官はレヴィアタンを快く思ってないのが丸分かりで、レヴィアタンに接する時間が減るって浮かれてたのが気に食わない。

「実は、欲しいものがあるの」
「なっになにー? わたしに用意できそう?」

 敬語はやめてほしい、ってお願いされて、ふつうに話すようになった。二人きりのとき限定だけど。

「あの、あのね……」
「うん、なあに?」

 レヴィアタンがこんな風に言い淀むのも珍しい。難しいものなのかな。彼女の部屋は高級品で溢れていて、わたしが座ってる一人掛けのソファも、クッキーが盛られてるお皿も、お皿が乗ってるテーブルも一般人には手が出せない。でも彼女がそれらを喜んでる様子はなかった。

「この前読んだ本に、仲がいい友達はあだ名で呼ぶって書いてあったのよ。だから、その、レヴィアタンって長いでしょう? レヴィって、呼んでほしいの……」

 あんぐりと口を開けるわたしは、たぶんもの凄く間抜けな顔をしてた。頬を染めて口をもごもごさせるレヴィアタンの可愛さときたら! 堪え切れなくなって、すぐさま立ち上がると勢いよく抱きついた。

「レヴィ、かわいい!」

 ビヒモスの方が可愛いわ……! 耳まで真っ赤にするレヴィが愛おしくて仕方がなかった。レヴィ、レヴィ、わたしの大好きなレヴィ。

「ねえ、レヴィはククカさまが復活して楽園に戻る歌は習った?」
「流星の話?」
「うん、そう」

 冷たい床にふたりで寝転がって、染みなんか一つもない天上を見上げる。

「闇に沈みし太陽が再び光を取り戻すとき――宵空に落つる一筋の流星、楽園を標す」

 ふたりの声が重なった。やっぱりレヴィの声は澄んでて綺麗だなあ。

「これってさ、流星が流れる先に楽園があるって思わない?」
「楽園が?」
「復活の歌じゃなくて、楽園の場所を示してるんだよ。わたしはレヴィと、そこに行きたい」
「それは……」

 レヴィが口篭もる。わかってる、レヴィは、光の巫女さまは、簡単には賛同したりはしないって。でも、でもね、わたしも軽い気持ちで話したわけじゃない。あなたと出会って、親しくなって、わたしはやっと太陽の儀式がどんなものなのか真剣に意識するようになった。世界に始祖さまの力を届ける大切なお役目だなんて言われているけど、ただの生贄だ。レヴィの命を犠牲にして、この世界は平穏を保つ。そんなのいやだよ。わたしたちを人扱いもしてくれない世界のために、どうしてレヴィが死ななくちゃいけないの。

「今すぐ答えを出してとは言えない。でもレヴィ、覚えていてね。わたしはあなたと、これから先も一緒に生きていたいんだよ」

 だから楽園を探そう。責任感の強いレヴィが迷ってしまわないように、わたしの方から手を繋ぐ。握り返してくれた手は、震えてた。

 決意したまではいいけど、事は上手く進まなかった。レヴィは本殿の奥を出られない身で、わたしの行動範囲もレヴィと大差はない。誰かに尋ねると勘付かれちゃうかもしれないし、危険は冒せない。それらしい文献を片っ端から読んでも、楽園の詳細は記されてなかった。

「もおー、瑣末な話は山ほど残ってるくせに!」

 ごろんとレヴィのベッドに寝転がる。ふっかふかで気持ちいい。光の巫女さまのベッドで寝てるなんて族長に知られたら大目玉食うんだろうなあ。あの人がどこまで取り乱すのか、ちょっと見てみたい気はするけど。

「ビヒモス、スカートがめくれているわ」
「レヴィ相手ならいいもーん。レヴィも寝よ」

 お行儀悪いわね、って言いながらも天蓋をめくって入ってくるレヴィは楽しそう。ヘッドボードに細かな彫刻が施されてるベッドは、大きくなったわたしたちが二人で寝てもびくともしない。普段は気にしないのに、今日はなんとなく悔しかった。いつまで経っても子どものわたしたちに変えられるものは何もないと突きつけられているようで。

 本当に子どもなら、レヴィは死ななくて済むのにな。タイムリミットは、もうそこまで迫ってきていた。

「最悪、成り行き任せにするしかないかー」
「……ビヒモス」
「考え直したりしないよ。わたしは、夢物語で終わらせたりしない」

 あの日からレヴィが揺れ続けてるのは、わたしも気付いてる。楽園を目指すってことは、この世界を見捨てるってこと。光の巫女の命で満たされなかった世界は闇に飲み込まれ、草木も動物も人間もやがて死に絶える。決して赦される行為じゃない。お父さんもお母さんも、わたしを一生恨むだろう。他にレヴィが救われる道があれば、わたしもこんなことはしたくなかった。震えてたのはレヴィだけじゃなくてわたしもだって、きっとレヴィも知ってる。

 誰に赦されなくてもいい。わたしがレヴィに生きていてほしいの。

 ――――楽園へ行こう。

 太陽の儀式の前夜、わたしたちは混沌の一族の村を逃げ出した。

「ありゃりゃ、気付くの早いね」

 差し向けられた宵魔は大した強さじゃなかった。レヴィとわたしなら余裕余裕。

「うーんお腹減ったなぁ。我ながら燃費わるいね」
「ビヒモス」
「……いいの?」

 切れ味のいい小刀――廊下に飾られてたのをくすねてきたやつ――を取り出したレヴィが、自身の腕を切りつける。どくどくと流れる赤い血を飲めば、回復はあっという間。始祖さまの血を濃く受け継いでる光の巫女さまの血は、わたしたちにとって万能の薬だもん。でも、それっていいのかな? 耳障りな言葉を並べてレヴィを利用し続けてきた連中とわたしも変わらなくなっちゃう。わたしが隣にいたいのは、光の巫女さまじゃなくてレヴィなのに。

「ええ。あなたの力になれるのなら嬉しいわ」
「ありがと、レヴィ……!」

 よっし、お言葉に甘えちゃお。また襲撃があったときに戦えない方が迷惑かけるもんね。

 ぺろ、と一口なめて、甘美な香りととろけるような味に酔いしれる。味わえるのは最初だけで、あとは貪るように啜った。身体の奥底から力が湧いてくる、この感覚はレヴィの血以外ではありえない。

「ふっかーつ! 休めるとこ探さなきゃね。隠れられたりすると一石二鳥」
「そうね」

 流星以外の手がかりがないわたしたちが辿り着いたのは、黒炎の洞だった。冷気を纏った炎の壁が侵入者を拒んでいる洞は、炎を操れるレヴィか宵魔しか入って来られない。追っ手を放ってくる混沌の一族や人間を払いのけられるだけでも十分。人間たちにはまだわたしたちのことは知れ渡ってないみたいで、村へ行けば食べ物とかもらえたから有り難く持ち帰って、この場所を拠点に動くことにした。

 ある日、真っ暗な夜空に赤色を帯びた大きな星が流れた。わたしたちを導く星が。

「レヴィ、今の見たっ!?」
「ええ、ええ! 見たわ!」
「奈落の森の方だよね、行こう!」

 レヴィの手を引いて、走り出す。そこでわたしたちは出会った。仲間ってなんなのか教えてくれる人たちに。

 クロウ。わたしたちを警戒しながらも、元の世界に帰る方法はわたしたちしか知らないんじゃないかって一歩引いて周りをよく見てた。隊長らしいし、物事の優先順位をつけるのに慣れてるんだと思う。何も知らなければ何をしてあげればいいかわからない、って言ってくれてありがとう。彼のやさしさは元の世界でも相当生きづらそうだなーって余計な心配しちゃうよ。

 リガル。うるさいただの子ども、ってレヴィの意見に大賛成。優秀っぽいクロウは何でこんな子を部下にしたのかな、って思ったくらい。でも、捻くれたわたしにはない純粋な心を持ってた。お前の意思は誰のものでもねぇお前自身のものなんだよ、って、リガルの言葉じゃなきゃレヴィには届かなかったよ。異世界の相手なのに、正面から向き合ってくれてありがとう。仲間って言ってくれたの、忘れない。

 エル。わたしがごまかしてたせいで、不信感を募らせてたよね。あなたたちに危害を加えるつもりはなかったけど、大切な人を守ろうとしたエルの気持ちはわかるんだ。最低なことをしたのに許してくれてありがとう。エルと話してるときのレヴィを見るのが好きだった。レヴィも年相応の女の子なんだって、実感できたの。あなたと交わした約束はわたしたちにとって、かけがえのないものになったよ。

 副隊長。実はあんまりわかんない。口数が少なかったし、輪に入ってる風に見えても静かに笑って何か考え込んでるみたいだったから。暗い世界で眩しそうに眼を細めてたのが印象的だったな。サクスを向かわせたのは、主様の指示だってあとでエルに聞いた。あなたは異世界にいるって最初からわかってたのに、とんでもないお人よしだなぁ。そんなあなただからこそ、エルも、クロウも、リガルもあなたを気遣ってたんだろうね。対等な人間として接してくれてありがとう。

 不思議だね。あなたたちと過ごした時間は長くはないのに、あなたたちを生かすためならどんな結末でも後悔しないって思えるんだ。

「ねえビヒモス、あなたが昔くれた鈴蘭の花言葉、覚えてる?」
「覚えてるよ。レヴィのために花束を作ったんだもん」

 これが最期の会話になるってこと、わたしもレヴィも、気付いてた。あーあー、なんでよりにもよって太陽の祭壇に星が落ちたかなあ。目の前に異界の門があったのにな。あの門を通って、わたしたちは楽園に行くはずだった。友達を作って、なんてことはない話で笑って、クロウはもっと気を抜いた方がいいんじゃない? 胃に穴があくよ? なんてからかってみたりもしたかった。リガルは「だよなー!」って同意してくれるんじゃないかな。副隊長も横でうんうんって首を振ってそう。エルはどうかな、興味ないかも。みんながいるポラリス隊の隊員に会うの心待ちにしてたし、ふたりの師匠にも会ってみたかった。

「花言葉はもう一つあるのよ」
「そうだったの? ふっふふーさっすがレヴィは物知りだね!」
「『再び幸せが訪れる』一度はあなたがわたしに鈴蘭をくれたとき。今もわたしは、とても幸せよ。あなたに会えてよかった、最期にあなたと話せてよかった。ビヒモス、あなたは生きてね」

 ずるい、ずるいよ、レヴィ。何でこんな言い方をするの。一緒に逝く、って言えなくなっちゃった。ずるい、ずるい、ばか、ばか。もっと早く言ってくれたら、レヴィのばか! ってぶつけられたのに。いつだってお役目に縛られてたわたしたちは、口喧嘩もしたことなかったよね。異世界に行ったら、してみたかったな。易々とは許してあげないんだから。それで、仲直りの証に鈴蘭の花を贈るの。素敵でしょ。

 彼らと同じ聖服を着て、天魔を倒すわたしたちの未来を思い描く。わたしも、レヴィも、心から幸せそうにわらってた。二度とは叶わない、夢。

「またね、レヴィ……」

 レヴィの運命は、わたしたちには変えられない。わたしの運命も、わたしには変えられなかった。

 燃え盛る炎の中で、あなたは命尽きるその瞬間まで舞い続ける。あなたの亡骸を刻んで、新しい光の巫女が現れるまで祀られる。それが太陽の儀式。世界の存続のためには必要なこと。今日まで何度も、何度も、何十回と繰り返してきた。

 ……やだなあ、わたし、レヴィと出会ってなかったら誇り高い行いだって信じたまま送り出してたのかな。自分が族長になったら光の巫女を選んで、レヴィと同じように本殿の奥に閉じ込めて、わたしたちのために死んでくれてありがとうって笑顔で告げるの?

 冗談でしょ。ふざけるのはやめてよ、やっぱり最後にばかって言わなきゃ。わたしがレヴィをひとりにするとでも思ってるなら心外。神官たちの叫び声も無視して、わたしは踵を返す。炎の海に飛び込むのは、ちっとも怖くなかった。レヴィがいてくれるから。

 白い花が燃え尽き、灰になって、ここではないどこかに届く日を待ってる。

ラストダンスに花束を