「膝丸ーどこですか?」
掃除を手伝ってくれたお礼にと狗賓から美味しい餅をいくつか分けてもらい、膝丸と一緒に食べようと探して早数時間。肝心の妹がさっぱり見つからずにいた。
この屋敷は髭切、膝丸を始め数多くの式姫が陰陽師と共に暮らしている。当然ながら、かなり広い造りだ。おまけに伊邪那岐が空間活用術を用いて頻繁に増築したりするものだから、喚び出されたばかりの式姫は迷って上級式姫に助けてもらうのがもはやお約束になっている。今でこそないが、一日中歩き回ってしまった過去は髭切にとって苦い思い出の一つだ。迷子になるなんて子供っぽい経験はない、と頑なに言い張ってはいるけれども。
そんな屋敷であるから、目当ての人物を探し出すのは中々に骨が折れる。てっきり自室にいるものだと思って足を運べば、そこはもぬけの殻だった。当てが外れてしまい、気が合うのだと話していた安長姫の部屋を訪ねてみたものの今日は会っていないらしい。余談だが、安長姫と接してみて「気が合う」の意味がよく分かった。びくびくさせてしまったのは突然訪ねた髭切のせいなので、詫びとして自分の分の餅を分けた。髭切はできる姉なのだ。
さて、次はどこへ行こうか。安長姫と同じく、内気な膝丸の交友関係は狭い。かまってくれる式姫も多いが、打ち解けるまでに時間がかかるのだ。
「見かけたら髭切殿が探していたと伝えておきます」
「お願いします」
廊下ですれ違った小烏丸に頼み、行く当てもなく歩き出す。
(どうやら屋敷内にはいないようですね。となると可能性が高いのは……咎森ですか)
修行と称して度々森に足を運んでいるのを髭切は知っている。その本当の理由は髭切の新しいを防具を作るため、だという事も。あの子は本当に姉想いの良い子――つい緩んでしまいそうになる顔を引き締め、自室へ向かうため踵を返す。念には念を入れて秘泉水を持っていこうと考えたからだ。残念ながら、膝丸が楽々と倒してしまう敵も髭切には少々荷が重いのが現実である。
「数個持っていけば事足りるでしょう……」
潜在能力は妹の方が高いとはいえ、髭切だって強くなったのだ。何個も飲むほどの事態には陥らない。しかし、油断は禁物だ。気合を入れなくては。
よし、と自室の襖を開ける。すると、ごそごそと動く大きな影が真っ先に視界に入ってきた。まさか物盗りか、命知らずな。背に刺した二本の刀に手をかけた時、聞き慣れた、慣れすぎた声がした。
「お、おねえちゃああああん!?」
「……膝丸?」
はて、部屋を間違えただろうか。
一応表札を確認してみるものの、やはりここは髭切の部屋だ。ならば何故、探していたはずの髭切の姿が? 一体どうしたのです、と問いかけようとして、床に散らばるリボンや色とりどりの着物に気がついた。
「膝丸、貴方はまた……!」
「わああああんお姉ちゃんごめんなさいいい」
膝丸の趣味はずばり、”刀を着飾る”事である。自身の分身とも言える刀を髭切は丁寧にじっくり手入れするのに対し、膝丸は愛でる事で大切にしている。彼女の趣味自体に異論はなく、好きにすればいいと思っている。宝物をどう扱うかなんて、人それぞれ違うのだから。
が、しかし。
きゃあきゃあと刀を飾り付ける様は到底人様にお見せできない、というのが正直な感想だった。位の高い式姫としての威厳も何もあったものではない。
「え、えーとね、お姉ちゃん、そのう」
「灯台下暗し、とは正にこういう事を言うのでしょうね。勉強になりました。自分の部屋ではすぐに見つかってしまうからと、場所を変えたその戦術は見事です。ですが、姉の部屋を散らかすとは何事ですか」
そんな子に育てた覚えはありません。厳しい口調で叱ると、目に見えてしゅんと落ち込む。醸し出される可愛らしさにぐらっと揺れそうになって、なんとか心を鬼にした。甘やかしてばかりでは彼女のためにならない。
「ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「分かればよろしい。全く、探し回った時間は無駄だったというわけですね」
「私に何か用事だったの?」
「狗賓さんにお餅を頂いたので一緒に食べようと思ったのですが、部屋を片付けるまではお預けです」
「えええっ」
そんなあ! と涙目になる膝丸は、姉の贔屓目を抜きにしても可愛い。間違いなく可愛い。がそれとこれとは別というものである。
「私も手伝いますから」
「ありがとう、お姉ちゃんっ」
仙狸辺りにでも見られれば「髭切殿は本当に膝丸殿が大好きなのじゃのう、仲良き事は素晴らしい事じゃ」とでも言われてしまいそうだと思いながら、転がっていたぬいぐるみを拾いあげる。
「膝丸、これは……」
「骨侍人形だよーっ。吉祥天さんと烏天狗さんにもらったの。今すごく流行ってるんだって。かわいいよね」
「え、ええ……そう、ですね?」
曖昧な返事をしつつも観察してみるが、どこを見て可愛いと評したのかいまいち理解出来ない。何度見てもただの骸骨だ。はっきり言ってしまえば不気味であるし、そもそも骨侍は手強い敵なのにいくらぬいぐるみでも手元に置いておきたくはない。
そういえば餅をくれる時に狗賓が零していたな、と記憶を遡る。最近の若者の感性が分からなくなりました、と遠い目をしていたけれど、あれはこういう意味だったのか。狗賓の気持ちが分かった自分も大人の仲間入り出来たのかもしれない、と少し嬉しくなった。
「お姉ちゃんの分もあるんだよっ。はい!」
上機嫌で渡されたぬいぐるみはやはり不気味で、どうにも顔が引き攣ってしまう。夜中に動き出しそうで恐怖心さえ覚える。でもそれを口にするのは自尊心が邪魔をした。妹の前で弱味を見せるのは嫌だったのだ。
「ありがとうございます」
「えへへ、お揃いだねっ」
妹が可愛いからいいか――そう思ってしまった自分は当分妹離れ出来そうにもない。しばらくの間、目が会う度に声をあげてしまう事になるのだけれど、彼女の笑顔の前では些細な事だ。