始めに
ゴエティア-千の魔神と無限の塔-の感想になります。
長く遊んでいたゲームへの愛を叫びたくて書き綴った拙い文章です。つまりは私の私による私のための愛の記録。
時が経ちいつか記憶が薄れてしまう日がきたとしても、楽しかった思い出を形に残せるように。
ゴエティア-千の魔神と無限の塔-
2015年12月24日にアピリッツからリリースされたブラウザゲーム。
Flash Playerの終了に伴い、2020年9月29日にサービス終了。
PlayStation Vita/PlayStation 4/NintendoSwitchでも展開されていました。
記憶をなくした主人公が「王の候補者」として地獄に召喚され、「地獄の王」になるための戦いに身を投じることになる物語です。
メインストーリーと一部のストーリーが後続ゲームである『ゴエティアクロス』で読めるようになったので、興味がある方はぜひぜひ読んでみてください。残念ながらサービスは終了していますが、ストーリーは綺麗に完結しています。
ゴエティアクロス
2018年9月27日にアピリッツからリリースされたスマートフォン向けゲーム。
PCブラウザ/PlayStation 4,5でも展開されています。
前作ゴエティア-千の魔神と無限の塔-からキャラクターを引き継ぎ、戦闘システムなどは一新されました。
創世神に終焉を決められた世界で、終わりゆく世界を救うために反旗を翻した堕天使と、堕天使を使役する魔導師たちの反逆の物語です。
簡潔にまとめるとゴエティアクロスが地上での話、ゴエティア-千の魔神と無限の塔-がゴエティアクロスの未来の地獄での話です。
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目次
ゴエティア-千の魔神と無限の塔-との出会い
私は元々アピリッツさんの別ゲーム『式姫の庭』をプレイしており、その流れで新規ゲームがリリースされることを知りました。
ファンタジーな世界観に惹かれ、オープンβテストにも参加しました。このとき本拠地のBGMが心に刺さったこと、βテスト時にはわかりづらかったUIが正式サービス時には見事に改善されていたことに感動し、その後もプレイすることになります。
ゴエティア-千の魔神と無限の塔-の魅力
個性豊かなキャラクター
美麗イラストで描かれた総勢百名以上の美少女たち。彼女達を召喚すると召喚ストーリーが流れます。主人公に対して従順な者、使役するに値しないと判断したら刃を振るわせてもらうと警告する者、道具として使ってほしいと申し出てくる者……何も知らずに召喚したとしても、キャラクターがどんな性格をしているのかすぐに知れました。
さらに召喚ストーリーとは別に個別ストーリーも用意されており、何故距離を取ろうとするのか、誰と仲が良いかなど小話を読めました。引いた直後ではピンとこなかったキャラクターも読み終わる頃には気になって仕方がなくなるわけです。そしてどんどん好きな子が増えていく。最高です。
ゲームシステム
魔神同士を合体すると、素材側の魔神は消滅してしまいますがパッシブとアビリティを引き継げました。最新の魔神が強いアビリティを所持して実装されたら、これまで共に戦っていたお気に入りの魔神と合体させることで最後まで戦うことも可能だったのです。
実際のところはレアリティによるステータスの差や途中で実装された一部魔神固有のアビリティなどもあって難易度は高かったんですが、同じ魔神にそれぞれ異なる役割を与えている方と共闘で出会うこともあり、見ているだけで楽しかったです。
形骸変化
合体をすると素材側の魔神は消滅する、と書きました。再度召喚しない限り、手元にはいません。しかし、途中で実装された「形骸変化」という機能により「魔神の見た目を過去に召喚したことのある同武器種の魔神に変化させる」ことができたのです。
例:片手剣ビフロンスを片手剣アーゲンティの見た目に変化させる。
イラストはとびきり好きでも、同一の武器種を複数は育てられないし今回は素材側になってもらうしかないとお別れした魔神とも戦えるのは神機能でした。
アビリティの使用順を設定
AUTOでも問題なく戦うことはできましたが、「できればダメージ軽減アビリティを最初に使ってほしい」「次のアビリティの威力を増加させる効果を別のアビリティにかけたい」なんて要望が出てきます。これらが叶うオーダーが途中で実装されました。アビリティを使用する順番を自由に設定できるようになったのです。最適解は敵によっても変わってきましたから、自分の好きに設定できる自由度の高さは戦闘をより楽しくしてくれました。
クオリティが高いBGM
アスタロト本拠地BGM『そこに還る場所』が控えめに言っても神。物悲しさと優しさが感じられる、ストーリーを読み進めれば進めていくほどタイトルの重みが増す素晴らしい曲です。これ以上ないほどゴエティアにぴったりの神曲。『そこに還る場所』って天才的すぎる。
ゴエティアクロスサウンドトラック第一弾に収録されています。ゴエティアクロスのゲーム内でも聴けます。
そこに還る場所のみでなく他のBGMも素敵なものばかりなので、未収録の曲もどこかで聴けるようになるといいなと願っています。
ストーリー
素晴らしいBGMを聴きながら読むストーリーも最高です。重厚感のあるストーリーは何度も読み返し、遂には全文書き起こしました。我ながら正気の沙汰ではない。テキストは検索が効くのが何よりも便利です。この感想も数え切れないくらい検索を活用しながら書いています。
始めた当初は「へー十二塔界もあるんだ? 無事に完結できるのかな……」とか大変に失礼なことを思っていました。ご、ごめんなさい……。最後まで書き切ってくださったことを心から感謝しています。ありがとうございました。
特にラストの『基底心核』のボリュームがすごい。サービスは終了してしまうけれど心残りにならないように書き切る! と気概を感じました。
始めにでも書きましたが、サービス終了から三年後にゴエティアクロスのゲーム内でメインストーリーが読めるようになりました。神? 本当にありがとうございます。
なのに、私の頭が悪いせいで「この解釈で合ってる……?」ってことがある。余裕で大量にある。誰でもわかる優しい解説が欲しいです。切実に。
目録
塔魔の生態を記した目録。過去に起きた候補者争いの詳細が載っていたり先代候補者たちの日常が垣間見えたり魔神たちの何気ない会話があったりと、本編の補足のみに留まらず充実した内容でした。とんでもないボリュームだったために再公開を期待するのは難しく、コンプリートできなかったのが痛恨の極みです。
登場人物について 候補者
主人公
我らが主人公。個人的なイメージは大学生くらい、男性。
記憶をなくす前のお前が男か女かもわからない、なんて言われていたせいで外見のイメージは黒塗りの人型に「おーさま」と白文字で描かれている謎の人です。ごめん。
あいつの代わりとして召喚された、ナータン曰く「被害者もいいところ」な人。相手の勝手な都合で記憶まで奪われてるからね、そうだね……。
真相を知った主人公が全部殴りたい殴るために利用しようって思っていたの、狂おしいほどに好き。台詞がなく、記憶がないのも手伝って良くも悪くもやや人間味の薄さを感じるのですが、怒りたいときにきちんと怒れる人間らしさが出ていて大変良かったです。あれ実際には殴れたんでしょうか? ゲーティア・プライムを倒した後には多少気持ちが落ち着いていて流していても良いし、デコピンくらいはしていても良い。最悪の発言をしたナータンのことは思いっきり殴ってくれていても良いです。
最後までよく頑張ったね、お疲れ様。転生先では楽しく生きられていたらいいな。
クラウラ(クラヴィクラ)
序盤から意味深な発言を繰り出していた人。
主人公を完璧な王にするために何度も繰り返し、何度失敗しても諦められなかった彼女は、大切の人のために足掻き続けた一人です。
彼女の、彼女だけの主人公のことをもっと知りたかったな。アスタロト達は干渉していなかった頃みたいだから、彼女の視点からでしか語られない物語があったんだと思うんですよね。クラウラがここまで尽くすようになったきっかけってなんだったんでしょう。それともきっかけなんてなかったのかな。ただ、一緒にいるのが心地よかっただけだったりするのかもしれません。
本当は最期まで生きていて欲しかった。一緒にいてほしかった大好きな人。でも周りが前を向いたり変化していく中で彼女だけが変わろうとしなかったから、世界を変えるために戦ったラストでいなかったのは必然なんだろうなとも思っています。
ルシール
フルネームが最後まで明かされなかった人。設定自体はあったんでしょうか。
ジェイクとは異なる方向で「等身大の人間」を感じた女性。
主人公ほどの力はない、運命を変える力もない、けれど同じように召喚された候補者。自分は選ばれた、と優越感を覚えていたら実はただの代替品で、主人公との力の差を思い知らされたの悔しかっただろうしやるせなさや恥ずかしさもあっただろうな。
主人公と誰かを比べたりはしなかったのも物語の中心から外れた彼女には限られた情報しかなく、目の前の主人公以外に知る者はいなかったからなんだと思う。
でも誰に対しても愛情深く接してくれた彼女は彼らの救いになっていたと思います。彼女がいてくれなかったら、候補者達の足並みを揃えるのは困難だったんじゃないでしょうか。
ルシエラではない、「ルシール」として生きたあなたのこと、大好きだよ。
ジェイク(ネイサン)
候補者同士は仲間じゃねえ! の元ネタの人。
自分のことしか考えずに序盤から主人公を殺そうとするわ、元いた世界でも無責任な発言を繰り返したあげく逃げていたわで中々のクズっぷりを見せる王子。そりゃ聡すぎて拗らせていた兄と打ち解けるのは無理でしょうね……。
そんな彼が「何もかもを忘れて死んだらまたクズの俺に戻る。それだけは絶対に嫌だ。クズのまま死なせろ!」と訴えるようになるんだから成長しましたよねえ……。「クズのまま死なせろ」って心の底から過去の行いを悔いているのが伝わってくるし二度と繰り返さないと堅い決意を感じて、勇気を振り絞ってありのままの自分を曝け出したジェイクのことをすごくすごく好きになりました。こんなに大好きになるとは思っていませんでした。
来世ではナータンと仲良くなれるといいね。
ティア
空気が読めない新米候補者。
実は人間一年目ですからね、仕方がなかったね。
テウルギアは人間が美しいとする容姿に作り替え、人間の完成形と呼べる者の記録で中身を上書きして理想の人間になろうとしたのに、生まれたティアは好奇心ばかりを優先して人との関わり方が上手くなかったのいいなと思います。記録だけじゃ実感が伴っていなくて、テウルギアとかけ離れた人格にはならなかったんだなと。
候補者たちと接して、少しずつ人の心の機微を学んで、「会話というのは、謎かけをする場じゃないんだ」とテウルギアを窘めるまでにティアとして成長したのがとてもよかったですね。
レンがティアという候補者がいたことを余すところなく記録しておきます、って言ってくれたのが本当に好きなんですよ。彼が生まれたのは想定外で、本来いないはずの候補者だったけれど、みんなと塔界を制覇し合ったあの日々は確かにあったんです。候補者として生きたあなたが大好き。
ナータン
話し方は回りくどいしうさんくさすぎた人。先代候補者の一人。
過去の王の記録から世界の真相を突き止めたり、魔王武器を錬成していたり、おそらく作中でもトップクラスに頭が良かった人なんじゃないでしょうか。元の世界では賢かったところで利用されるだけなことを幼くして悟ってしまったせいで周りが全員馬鹿に見えていたのかな、と。そんな彼が地獄であいつと出会って初めて誰かを大切に想う気持ちを知った。光を見た。
『修魔の塔 目録』ではナータンの心情が赤裸々に綴れているんですが、彼、相当怒っているんですよね……。実の弟にすら「あんたにとっては今でも全てが無価値なんだろ」「あんたはきっと自分以外を切り捨てられる」と思われていた彼が、あいつを犠牲にしなくてはいけないことや、無意味な争いで傷ついてきた仲間のために本気で腹を立てている。くそったれな法則を変えたくて自分の命を使う決意をしている。
本当は優しく、仲間想いで、大切な人のために足掻き続けたあなたが大好きだよ……。
登場人物について その他
アスタロト
今でも私の心の真ん中にいる人。
あいつのことが何よりも大切で、あいつが召喚した魔王たちと過ごす時間も愛していたアスタロト。けれど彼の固い決意を覆せないことを悟った彼女は魔王たちも裏切って茶番を起こし、あいつを封印しました。他に方法がなかったんですね……。悲痛な顔をしてこぶしを握り締めていたのが痛々しくてつらい。
あいつと酷似していた主人公を巻き込んだことに後ろめたさを感じていたり、最終決戦前に永遠にこの無音の時が続けばいいと思っていると弱音を吐いていたり、尊大な態度の中に見える彼女の繊細さや愛情深いところが好きです。「……少なくとも、今お前の傍らにいる妾は、お前のアスタロトだ。それを、肝に銘じておくんだな」(魔王アスタロト 目録)と言ってくれたあなたのことが、ずっとずっと大好きだよ。私もいつまでも共に在りたかったよ……。
ソロモン
今作のラストボス。
テウルギア視点では散々な言われようだったのと、主人公や過去の候補者たちが苦しむ原因を作った人物であるために良い印象ではなかったです。が、他の世界を犠牲にしてでも救いたかったのは私が愛するゴエティアクロスの世界だと判明し、彼の見方が一変しました。遠い存在だった彼が、一気に身近になったんですよね。
ソロモンが諦めていたら今のゴエティアクロスはなかったのだと思うと、非道な行いにも同情心が湧きました。人間らしい一面が見えると、葛藤が見えると、もうだめでしたね……。ここに至るまでの彼の覚悟を思うと胸が痛くてたまりません。
観測者テウルギアが「私が観測を始めてから現在までの間、彼を超える者は誰一人として現れなかった、特別な存在」と断言したほどの力を持っていた稀代の魔導師。それほどの力があっても神には勝てなかった一人の人間でしかないあなたが好きなんだよ……。
好きなシーン
召喚されたばかりの主人公は記憶がなく、何故自分がここにいるのかも覚えていません。レンがこの世界のことを教えてくれます。世界の成り立ち、召喚の仕方……「ミッション」などのゲーム内用語を交えながらチュートリアルが進んでいきました。
以下は一例です。
「指定召喚はこうして魔神に応じた「供物」を使い、特定の魔神を呼び出す儀式です。ですが──本来魔神を呼び出すには相応の準備や魔法陣、供物や知識、土地の条件や呪文が必要です。そのため、指定召喚は全ての魔神を召喚できるわけではありません」
「召喚時に見えた「蒼月」や「紅月」などもまた、宝玉を用いた略式の召喚です。こちらは力を持った魔神を呼び出すこともありますが──呼び出せる魔神を指定することはできません。略式で魔神を召喚できること自体が王の力でもあるのですが、ままならないものですね……」(基底部 パーティー編成について)
特定の魔神を召喚する供物、ランダムではあるものの当時の最高レアリティも含まれていた蒼月召喚、高レアリティ魔神の召喚確率が蒼月召喚よりも高い紅月召喚。ゲーム内の召喚画面に表示されていた各召喚について説明してくれています。指定召喚では特定の魔神のみしか召喚できない理由なども丹念に作り込まれており、今読み返してみても没入感を損なわずに読めるところが好きです。
◆
第一塔界は当代の候補者ジェイクが元いた世界です。候補者たちは自分の世界が滅びた様を見せつけられるのだと、何も知らない主人公を通してプレイヤーにも世界観を説明してくれます。このとき、回想でネイサンの兄が登場しました。現時点では兄の名前もグラフィックもありません。主人公もプレイヤーも右も左もわからない状態で他に覚えなくてはいけないことが沢山ありますし、彼の存在感は薄かったです。
実はこの兄こそが先代の候補者であり、第一塔界は彼がいた世界だと明かされるのは第四塔界です。さらに、『イベント 顕現せし修魔の塔』で「嫌がらせの塔」と言われていた塔の持ち主でもありました。曖昧な人物像が明確になり、彼、ナータンは物語に本格的に参入します。序盤の伏線を回収し、今後の物語に繋がった展開が好きです。
◆
家、戸締りしてきたかな?
第二塔界は間もなく滅びを迎える世界と、世界から逃れるために造られた箱舟の話でした。塔が熱量を吸収しきって役目を終えるまでの時間を冷凍睡眠し、目覚めたら再び降り立つ計画です。箱舟に用意された揺り籠は限られており、人類全員は乗れません。最初に滅びに気付いた科学者はスタッフとして乗船することが決まっていた他、取引をして席を用意した者もいました。残った席は、「運で決められてたまるか」「どうして私が選ばれたの」という台詞から考えて、おそらくランダムです。公平を期すためでしょうね。
選ばれた、選ばれてしまった者たちの声が主人公の耳に届きます。
大丈夫大丈夫大丈夫だ。実験では成功したと言っていたし、少し眠るだけ、眠るだけ、眠るだけ……
……
家、戸締りしてきたかな?(第二塔界 棺の残響)
大丈夫だと何度も自分に言い聞かせ、恐怖を必死に打ち消そうとする誰か。いくら計画は完璧だと聞かされていたとしても、怖くないわけがありません。もしかしたら二度と目覚めないかもしれない、無事に目覚めても自分一人だけが取り残されるかもしれない。世界はどうなっているのだろう。不安は尽きなかったでしょう。そんな中、ふっと湧いた「家、戸締りしてきたかな?」というごく日常的な思考。きっと誰だって一度は心配になったことがありますよね。でも、この場で考えるようなことではないはずです。現実逃避とも言えます。だからこそ、この人はありふれた毎日を生きていた普通の人間なのだと強烈に印象づけられました。たった一行で表現しきっているのが好きです。
第二塔界は最初に滅びに気付いた科学者が裏切って世界を終わらせてしまったのも救いがなくて好きですね。
◆
「この塔界の賞金首ですが、今までとは逆に、小さい姿となっています。小さくとも力量は本物。お気をつけください」(第三塔界 孤島アルタルフ)
マップ上のどこかに稀に出現する強敵、賞金首。これまでの賞金首は、他の塔魔よりも大きい姿でした。今回は小さいですよとレンが忠告してくれます。どういうことだろう、と制覇していくと、出会ったのはマップ上では見落としてしまいそうなほど小さな蜂。その名もタイニーピアス。レンが話していたのはこういうこと!? と納得しました。プレイヤー間でも度々今回の賞金首はどれ? と話題に上っていたものです。
目録でも「巨大化は威嚇の意味があったと思われるがこうして小さくなっていると違和感を覚え、それはそれで不気味であると気づく」と記されており、巨大化が続いたあとに逆の姿を持ってくるタイミングが絶妙でインパクトが強かったです。
◆
「妾が奪ってしまった、お前のためにも、だ。二度は言わんぞ」
王にならなかったあいつの代わりに召喚された主人公。主人公の候補者争いは今回が初めてではなく、幾度も繰り返しては失敗していました。あいつに酷似していた当代の主人公は、これまでとは別の道を辿れるようにとアスタロトによって半身を奪われた状態で召喚されています。あいつに強い思い入れがあったアスタロトは、当初は主人公を利用するつもりでした。
彼女があいつと主人公を重ねていたことを知った私は、主人公に情が移り始めていることを感じ取りながらもどこまで二人のことを分けて考えられているのか気になっていました。その答えが出た台詞です。
「妾も許される程度の補佐はしよう。利用されていたのは、魔神も魔王も。この世界から生まれた全てのものだ。あやつの為だけではない。妾の矜持と、そして──妾が奪ってしまった、お前のためにも、だ。二度は言わんぞ」(第四塔界 立ち向かうもの)
基底世界のルールを破壊すべく、ゲーティアに挑む直前。アスタロトは思い悩む主人公にこう声をかけました。この世界のルールの下では封印するしか手がなかったあいつのため、自らの矜持のため、「奪ってしまった」お前のために補佐をすると。あいつと主人公を同一視はしていないのがわかります。己の都合で主人公に干渉したことを、彼女は気に病んでいたんですね。謝罪であると同時に、記憶がないせいで自分という存在が不確かになってしまっている主人公の意識を自分に向けようとしたのもあるのかなと思いました。お前がそうなったのは妾のせいだと責任の所在がはっきりしたのは随分と気が楽になったのではないでしょうか。
ナータンは意外そうに「アスタロト。お前……優しかったんだな」と言っていますが、彼女の優しさが滲み出ているシーンです。
◆
第五塔界 ベラトリックス霊園。霊園の名がつく通り、無数の墓が立ち並びます。出現する塔魔もヒト型の霊だったり幽霊だったりしました。候補者たちも死んだ身ですから、幽霊も平気……かと思いきや、ルシールは震えているとジェイクに心配されるほど怖がっていました。クラウラは「塔魔からしたら、私たちが使役してる魔神の方が怖いと思うわよ」と平然としており、ジェイクも気にしてなさそうです。が、クラウラがジェイクの肩に誰かの手が乗っているとからかうとジェイクは大げさなまでに慌てました。実は彼も怖かったんですね。プライドもあって隠したかったのでしょう。
あいつの代わりに召喚された事実を知り、ゲーティアと戦い、気を張り詰めていた主人公は賑やかに騒いでいる彼らを見てほっとしています。私も、彼らがいてくれてよかったと安心しました。各々思うところは違っていたでしょうが、このときはみんな目の前のことに新鮮に驚いたりして生き生きしていたんですよね。きっと、誰もがなくてはならない時間だったんだと思います。玉座につくのは一人だけだったとしても、今だけは。幽霊が怖いジェイクはかわいい。
◆
「ねえ、そうだよね? 僕の考えは当たっているかな。どうかな?」
第五塔界から仲間に加わった候補者ティア。彼は主人公と同じく記憶を失っていました。善良な人間に見えるものの、彼の存在は謎に包まれています。彼のことを信じたい、けれど信じるのが難しいと不安になったクラウラはティアにも直接伝えてしまいました。ルシールに「クラウラ、それはちょっとはっきり言いすぎではなくて?」「わたくしたちは候補者です。王を目指す者である以上、互いのすべてを信じるのは無理なことですわよ」と窘められます。それでも疑念を払拭できなかったクラウラは、経緯を話してティアの反応を確かめようとします。
候補者は塔界から熱量を奪っていること、王になっても熱量を取り終えたあとは切り捨てられること、当代の候補者は先代の候補者の代替品であること。基底世界のルールを破壊するためにゲーティアと戦ったこと。聞き終わったティアは、「特に考えることはない」と結論を出しました。
ティアの望みは「新しい世界が見たい」ただそれだけだったからです。奴隷でもかまわない、候補者争いの勝敗にも興味がない。根本的に他の候補者とは在り方が異なっているのです。ティアも、自分には関係ないけど彼らは違うのかと途中で気づきます。
「でも、そうか。みんなは僕とは違うよね? 王になったらやりたいことがあるから今まで塔に登っていたんだよね?」
「……」
「いや、最初はそうだったけどもう今は違うのかな? 止まっていられなかったから進むふりをしていたのか。進んでも道は変わらないのにね。だけど、同じ場所に留まっていると思考を停止していることを認めてしまう。だから、塔に登った。停滞を認めたくないから。ねえ、そうだよね? 僕の考えは当たっているかな。どうかな?」(第六塔界 ゲヌビー工場跡最奥)
捲し立てるティアに悪気はありません。『第五塔界 金色の来訪者』で本人も話していましたが、「出来事には必ず意味と答えがある。それを知りたい」だけなのです。今回も、自分の考えが彼らにとって正解なのかを確かめたかっただけでした。まるで好奇心旺盛な子どものようですね。ですが、目を背け続けてきた現実を突きつけられた候補者たちの心中は穏やかではありません。
最初に返事をしたナータンは「ふ……おおよそ、お前の言う通りだよ」と正直に認めます。先代候補者の彼は自分たちの代でも塔を登り、当代候補者たちが登る光景も眺めていたわけですから、否定できる要素はないと客観的に見ることができたのかもしれません。でも、このときのナータンは笑顔なのが諦めも見えて痛々しいんですよね……。
「ですが、ティア。その言い方はないんじゃなくて? 迷いながら進んだり、進んでいると信じてやっていたことが実は後退していたなんて生きていればよくあることですわ。葛藤しながら前に進んでもいいではありませんか。だからこうして、クラウラはわたくしたちを集めて話し合いの場をつくってくれたんですもの」
「ああ、ごめんよ。僕……気に障ることを言ってしまったのかな」
「あなたに悪気がないのはわかっていますわ」(第六塔界 ゲヌビー工場跡最奥)
ティアの言う通りだと同意しつつ、「その言い方はない」と苦言を呈するルシール。クラウラだって疑ってかかりたかったわけではないのだとフォローも入れます。大人の対応です。ティアもようやく、「今のは自分が良くなかった」と気づきました。記憶がないティアは誰かと交流した経験もなく、相手を慮ることもせずに一方的に喋れば傷つけることもあると学ぶ機会がなかったのです。だからルシールも「悪気がないのはわかっていますわ」と場を収めます。
候補者たちが「どうしてそんなことを言うんだ!」と声を荒げて話を打ち切っていたら。ティアは怒らせた理由もわからないまま同じことを繰り返すのが想像に難くありません。でも、あなたの言っていることは合っていると肯定した上で諭してもらいました。ティアは素直な性格なので、会話というのは謎かけをする場ではなかったと反省している姿が後々見られます。
このときの衝突は、彼らにとって必要なことでした。今揉めなかったとしても必ずどこかでぶつかっているでしょうから、まだ取り返しがつくうちでよかったと思います。そしてルシールさんがいてくれて本当によかった……。
ルシールさんの諭し方はきちんと人と関わって生きて身についたものだと感じるのですが、『第四塔界 幕間の物語 ルシール』で「本当の私なんて……虐げられ、劣等感に塗れ、他人に嫉妬しかしていなかった」と零していた彼女はどういう人生を歩んできたのでしょうね。
◆
「死地に向かう役目はワシが負うというのが道理じゃ」
止めたはずのゲーティアを再起動させた謎の少女メタティアクス。メタティアクスが記述されている古の魔導書について思い出そうとする魔王たちでしたが、記憶にもやがかかっていていることに違和感を覚えます。「誰か」によって記憶を弄られたのではないかと推測する魔王たち。バエルは「誰か」の正体を探ろうとしました。
「ワシらが知らぬ何かがあり、誰かが動かねばその正体を知ることは絶対にかなわぬ。それはお前も分かっているじゃろう。お前は、主人公にとって欠けてはならぬ存在。なれば、謎を解くため必要な死地に向かう役目はワシが負うというのが道理じゃ」
「バエル──」
「お前は動かず、ただ世界を俯瞰し続けよ。さすれば、必ず何かが見えてこよう。弄られた歯車に、綻びが生じぬはずがない。お前がそれを見つけ、暴くのじゃ」(第七塔界 密会、そして)
バエルは罠だと承知の上で賢者の図書館へ再び向かおうとします。無事には帰れないだろうということも彼女は察していました。それならば自分が行く、と仲間想いな面が見られます。かといって彼女も無謀な賭けに出たわけではないんですよね。自分が動いていればアスタロトが必ず綻びを見つけてくれると信じているからこその行動なんです。
かつての召喚でアスタロトは魔王たちを裏切りました。『夢枕に現れしは──【グレモリ】』でグレモリに「かつて私たちを裏切ったにも関わらず、どの顔でそうしてものを頼むの?」となじられたこともあります。各々思うところはあったでしょう。虫がよい話だとはアスタロトも自覚していました。
『第四塔界 魔王の独白 ベリアル』でベリアルは「だけど、頭を下げられたら、謝罪されたら受け入れざるを得ない。……あたしの矜持にかけても」と話しています。ゲーティア撃破のために魔王たちの力を借りる際、アスタロトはきちんと頭を下げているんですね。
謝罪を受け入れ、過去に築いた信頼と共に今の彼女を信じている。お前が暴いてくれるのなら命を懸ける意味があると頼りにしている。彼女たちの絆が感じられて好きなシーンです。アスタロトのことを「主人公にとって欠けてはならない」と認識しているのも好き。
◆
テウルギアに従って単独行動を起こすメタティアクスにアウトテートが忠告します。けれどメタティアクスは聞く耳を持ちません。彼女自身も本当に正しいのかと揺れつつも、自分たちを蘇らせたテウルギアと手を組んでしまった以上、他の道があるはずもないと追い詰められていたからです。
「脅しか、それとも自分の意思かは知らないけど……どちらにせよ、随分と偉くなったもんだな。観測者とつるんで支配者面するのは楽しいかよ?」
「知った風な口をきかないで。わたしだって──。わたしだって、本当にこれで正しいのかが……分からなくなってきているんだから……だから、わたしの記憶が消される前にせめてこの忌まわしい本だけでも消しておこうって……そう思っただけ。つまりはただの我儘で──」
「……記憶が、消される? ──ちょっと待って。どういうことだよ、それ……!」(第八塔界 知る者と知らぬ者)
どういうことだと問い質すアウトテート。この話のタイトルは「知る者と知らぬ者」です。シンプルに考えるなら、知る者がメタティアクス、知らぬ者がアウトテートでしょう。でも、本当は逆だったのが後々判明するんですよね。この時点でも、伏線が貼られています。
「……ふ、ふふっ。そこまで言うのなら……やれるものなら、やってみなさいよ。あなたが真実にたどり着けるわけがない!」
「ははっ、どうだかな……まあ見てろって。主人公を王にする道は、誰にだって作れるさ。お前が用意したそのお粗末な階段以外でも、顔も見せない傲慢なクソ共が作った落とし穴でもない道を……「あたしたち」が作ってやるよ。そのためなら、あたしはどんな手でも使う。あいつらに協力をすることだって厭わない。「絶対」をぶっ壊すことだってためらわない。……あたしは心が広いから。あとで泣いて謝れば、きっと許してやるよ。なあ、メタティアクス」(第八塔界 対立)
真実に辿り着けるわけがないと啖呵を切るメタティアクスにアウトテートは「ははっ、どうだかな……まあ見てろって」とどこか余裕な笑みで言い返します。彼女が言う「真実」をアウトテートは目覚めたときから知っていたためにこんな態度を取っているんですね。知っているからこそ、メタティアクスとハルパクスのためにも責任を持って引き戻さないといけないと決意を固めています。
メタティアクスはハルパクスとアウトテート、世界のために。アウトテートはメタティアクスとハルパクス、自分たちのために。それぞれが想い合っての行動です。なのに噛み合わないのは、相手を思うが故に黙っていたことが多すぎるからです。ゴエティアは不器用な人たちばかりですね……。そんな彼女たちのことが好きです。
◆
「──さて、ここであたしから一つ反論させてもらうわ」
各々賢者の図書館へ向かったクラウラとバエルは、テウルギアの言いなりになったメタティアクスによって観測塔エニグマに閉じ込められます。テウルギアは自分を探ろうとする二人を邪魔に思い、確実に消すためには隔離する必要があったからです。
テウルギアの目論み通り、クラウラとバエルは彼に取り込まれてしまいました。それで解決、といくはずもなく、観測塔エニグマにはアウトテート、ハルパクス、アスタロト、フルフル、ベリアルが揃ってしまいます。ハルパクスはそこで世界の真実を知ってしまい、アウトテートは最初からすべて知っていたことが明らかになりました。メタティアクスが望まぬ形になってしまったのです。
「──どうして? いいえ、理由だったら……わたしだって、よく分かってる。主人公を、「奴隷」になんてしたくない。使われて捨てられるだけの存在になんて、したくない。でも、王になれなければもっと悲惨な最期になる。今ある選択肢のなかで、最も主人公にとって幸せなのは、王になる道……。新しい選択肢を作るのなんて……無理よ。ここで足掻いたって、何の意味もない。偽りの──いいえ……六柱の魔王が何をしたところで、今まで何も変わらなかったじゃない。道筋が少しばかり変わっただけで、結末は変わらなかった! 何をしたって、世界のルールからは逃げられない──」(第九塔界 どこにもいない者の声)
どんなに足掻いたところで何も変えられない、と悲観するメタティアクス。そんな彼女に、誰かの声が届きます。ここにはいない、消えてしまった者の声が。
「残念ながら、どこかの誰かさんのせいで──私はもう、どこにもいないわ。だから、私は誰でもない」
(中略)
「──さて、ここであたしから一つ反論させてもらうわ。「何をしたところで、今まで何も変わらなかった」それは間違いよ、メタティアクス。たしかに、私の力ではどうすることも出来なかった。主人公が死んでしまう結末を、変えられなかった。でも、あなたやテウルギアは知っているはずよ。あの魔王は──魔王アスタロトは、運命を変えたじゃない」(第九塔界 どこにもいない者の声)
自分にはできなかったけれど、あなたにはまだ可能性が残っているでしょうと発破をかける誰か。誤植かどうか悩むところではあるんですが、このとき一度だけ彼女の一人称が「あたし」になっています。この「あたし」がとても好きです。魔導書クラヴィクラでも候補者クラウラでもない、素の彼女が見えた気がして。何者でもなくなり、過去からも解放された彼女が、本心からメタティアクスの背中を押したのだと感じられるシーンです。自分が殺したも同然の彼女に後押しされたことに罪悪感を抱きながらも、メタティアクスも覚悟を決めました。
たぶん、他の誰かではこの場面で説得するのは難しかったのではないかと思います。生きている者相手だと『第八塔界 知る者と知らぬ者』で 「知った風な口をきかないで」と反発したようにあなたに何がわかるのと言い返したくなるでしょうし、全部知っていたアウトテート相手だと自分が今までしたことはなんだったのかとなりそうなので。自分とは関わりがなかった、けれど関わってしまったクラウラの言葉だったからこそメタティアクスの心を動かしたのではないでしょうか。あとから彼女に謝罪しようにもお礼を言おうにも、もう届かないのが切ないです。
◆
第十塔界でテウルギア・プライムを撃破後。クラウラによって再構築されたテウルギアは、ティア共々なかなか目覚めません。先に進むにあたって彼らの協力は不可欠です。メタティアクスに「もしかしたら……あなたの声を待っているのかもしれないわ。一度だけ、声をかけてみてくれないかしら?」と提案された主人公は、彼らに声をかけることにします。このとき、ティアに話しかけるかテウルギアに話しかけるか選択肢が出ました。
ティアを選ぶと、ティアが「みんなが、君の力を求めているよ」とテウルギアに話しかけます。この場合のテウルギアは表には出てきません。
テウルギアを選ぶと、彼が表に出てきてティアを選んだときとは別の会話を聞けます。
「……それでも、なぜ「奴」ではなく私の名を呼んだ? お前にとって、私は──」(第十塔界 塔に集う)
魔王やクラウラを取り込もうとした自分を何故呼ぶのかと問い質してきます。憎まれるだけのことをしてしまった罪悪感と、自分を呼ばなくてもお前たちと親交を深めたティアさえいればいいだろうと自信のなさが窺える一言です。ティアは「きっと怯えて、起きるのを嫌がっているんだ」と話していましたが、正解だったのでしょうね。どうしたらいいのかわからなかったのかもしれません。テウルギアを選ばなければ言うつもりはなかったのでしょう。
全てを赦すことが主人公からの罪だとアスタロトに代弁され、ティアを選んだときと同じ台詞で締めくくられます。
ティア
「いずれもう片方の彼も知ることになるでしょう。とにかく今は、主人公が進むべき道を示してちょうだい」
「……仕方がない。火種を撒いた責任は取ろう。元より、それが私の望みだ。私が考えた最善の未来の先に何があるのか──観測させてもらうぞ」(第十塔界 塔に集う)テウルギア
「罰を与えず、全て赦すことが主人公からの「罰」だ。せめてもの詫びとして、道くらい示したらどうだ?」
「……仕方がない。火種を撒いた責任は取ろう。元より、それが私の望みだ。私が考えた最善の未来の先に何があるのか──観測させてもらうぞ」(第十塔界 塔に集う)
どちらも、「進む道を示してほしい」に答えた「……仕方がない」です。ですがティアの方は独りごとに過ぎませんでした。テウルギアの方は「負い目を感じるのはわかるが、こちらから罰を与えることはない。それがあなたへの罰」への返答でもあります。いつまでも罪の意識に苛まれていても何も進まないと己の感情と向き合った「仕方がない」なのです。同じ台詞でも意味合いが違っているのが味わい深いです。
テウルギアを選んだ場合にしか聞けない彼の本心が好きです。
◆
「会話というのは、謎かけをする場じゃないんだ」
『第十一塔界 過去の遺物』でナータンが「いったい何をするつもりなんだよ?」とテウルギアを問い詰めます。最初は口を濁していたテウルギアでしたが、ナータンに追求され白状しました。その内容は、「全部なかったことにする」というものです。候補者が地獄に召喚されることもなく、世界が侵略者によって滅びることもなく、塔魔や統治者が生み出されることもない。各々の世界が自滅の道を辿らない「本来の姿」。ソロモンに歪められた理を正すことこそが唯一の正解だと、テウルギアは頑なに信じていました。
「おいおい……イマイチ話が読めないけどよ──。それはつまり「全部なかったことにする」と言っている──そう解釈していいんだよな?」
「歪に捻じれたものを正すには、そうするしかない。お前が今までどれだけ足掻こうと取り戻せなかったものは、そうすることでしか得られないと理解しているだろう?」
「お前っ……!!」(第十一塔界 過去の遺物)
ナータンの心情などおかいましに捲し立てるテウルギアに、ナータンは激昂しそうになります。あいつのために足掻き続けた彼にとって、「全部なかったことにする」とは、「今までやってきたことは無意味だった」と言われたも同然だからです。なりふり構わず、己の命も懸けたナータンが「よかった」と素直に喜べるわけもありません。ですが、テウルギアには何が悪いのか通じません。テウルギアとナータンが二人きりだったなら、いくらナータンが言葉を尽くしたところでテウルギアは理解しないでしょう。先代候補者であり、本体は石になってしまっているナータンはテウルギアにしてみれば「過去の遺物」にしか過ぎず、聞く耳を持とうとしないためです。だから、この場はティアが収めます。
「テウルギア……やっぱり君は全然だめだよ。会話というのは、謎かけをする場じゃないんだ」
「……チッ。最初からお前と話しとけばよかったか」
「いいや、君は間違っていないよ。結局のところ、僕に大した力はないから……」
「それじゃあ、落ち着いて話し合おうか。君が望んでいる結末と、テウルギアが考えている結末の話を──。……せっかくだから、そこの「客人」にも聞かせてあげよう。黙って事を進めると碌な結果にならないというのは、君たちが歩んできた歴史から学ばせてもらったからね」(第十一塔界 過去の遺物)
『第六塔界 ゲヌビー工場跡最奥』で候補者たちを質問攻めし、「その言い方はないんじゃなくて?」とルシールに窘められていたティア。このときのティアは自分に非があったことを自覚しつつも、何がいけなかったのかまだぴんときていない様子でした。けれど真剣に受け止め、誠実に考え続けたのだと思います。「あれは会話ではなかった」と思い至った今は心から反省し、繰り返さないように気をつけているのがわかります。
傍観者として地獄を観測し続けてきたテウルギアもテウルギアから生まれたティアも、人間と接したことがありませんでした。でも、ティアは候補者として他の候補者たちと交流することができました。少しだけれど、人間を知りました。自分も過去にやってしまったからこそ、テウルギアに「全然だめだよ」と注意できたのです。ティアの成長が見られ、好きなシーンです。
◆
『第十二塔界 先へ進む時』でナータンは「無駄な足掻きばっかりして、さぞ滑稽に映ってただろうな。……それでも俺は、やらずにいられなかったんだ」とアスタロトに零しています。
あいつの封印を解くことは叶わないのだと、これまでずっと飄々としていたナータンの弱音が漏れたシーン。「……それでも俺は、やらずにいられなかったんだ」が彼の行動のすべてだったんだと思います。この台詞を読んだとき、彼の柔らかいところに触れてしまったことに胸が痛くなったし、この人のことがすごく好きだなと実感しました。
ナータンが独断で動いたことがこの物語の始まりであり、相談していたら別の道もあったのかもしれないんですよね。あいつが王になる未来は変えられなくても、先代候補者たちがバラバラな気持ちのまま亡くなることは避けられたかもしれない。たらればの話ではありますが。
でもおそらくナータンは、「誰かに相談する、頼る」ことを知らない人でした。力を持つ人だったから。その力で周囲を欺き続けていた人だから。自分ならなんとかできる、と自負もあったんじゃないでしょうか。けれど、足掻き続けても彼の願いは叶いませんでした。そのことを、本人は「滑稽」だと自嘲している。滑稽だとわかっていて、それでもやらずにはいられなかったと吐露するのは、一等大切なものを取り戻せなかった男のどうしようもなく悲しい本音に他なりません。
彼が見せた弱さが切なくもあり、愛おしいです。
◆
「──いつまでも、共に在りたかった。…………それが、妾の我儘だ」
他世界と繋がっていた根がテウルギアによって落とされ、候補者たちの魂は本来在るべき場所に還っていきます。暗闇の中で意識が遠のいていく主人公に、アスタロトは声をかけ続けました。最後の最後まで傍にいて見守ってくれたアスタロト。彼女は、このときになって初めて今まで口に出せなかった想いを主人公に伝えます。
「……そういえば、ルシールたちは「一つだけ我儘を言うのなら」……などと夢を語っていたな。我儘……か。今までは考えたこともなかったが──」
「──一つだけ。たった一つだけ、妾の心の内に巣食う「我儘」がある」
「……お前と。お前や魔王、そして数多の魔神たちと──」
「──いつまでも、共に在りたかった。…………それが、妾の我儘だ」(基底心核 そして、暗闇へ)
たった一つの我儘が、「皆といつまでも共に在りたかった」です。泣かずにいられましょうか。完全に泣かせにきている。彼女はあいつの石の前でも「永遠にこの無音の時が続けばいいと思っている」と弱音を漏らしていました。大切な人たちと過ごすかけがえのない時間を深く愛していたんですね。すべてが終わりいよいよお別れのときになってようやく形になったくらいですから、あいつには言えないまま胸に秘めていた気がします。あいつは彼女がどれほど自分を想ってくれていたのかを知らずに石にされたのかもしれないと考えるとつらい。先代組は確かに想い合っていたはずなのにすれ違いすぎていてつらい。でも、過去があったから今があるんですよね。
私も、ずっとずっと一緒にいたかったよ。最期まで一緒にいてくれてありがとう、あなたがいてくれたから、主人公もきっと怖くなかったよね。
◆
夢の淵より、書は語る
物語を読み進めていくうちに終わりが近付いてきていることを察するも、ゴエティアはミッションをクリアするとストーリーが再生される形式だったため、あと何話あるのか正確にはわかりませんでした。どこで終わるんだろう、と号泣しながら気が気ではない中、目に飛び込んできたミッション名。
『夢の淵より、書は語る』
第三回人気投票で一位を取ったレンの実装イベント名でした。ああこれが最後なのだと、最後にこのタイトルを持ってきてくださったのだと、様々な想いが込み上げてきたあの感動は忘れられません。書いている今もちょっと泣いています。
「またお会いできて光栄です、主人公様。私たちの、至高の王」塔界を制覇中の主人公の夢の中に現れた謎の少女。彼女は自分の傍にいてくれた「レン」だと主人公は直感しました。頷いたレンは暴走した魔導書を鎮めるのを手伝ってほしいと主人公に頼みます。主人公にはまだわかりませんでしたが、二人がいたのは観測塔エニグマ。観測者テウルギアが管理していた書庫です。しかしどうやら、現在の観測者はレンに変わっているようでした。一体何があったのか、主人公にもプレイヤーにも現時点では不明です。レンが断片的に話す内容から、二人は遠い昔に離れ離れになってしまっておりレンにとってこの再会は「奇跡」であることは読み取れました。
二度と会うことは叶わないと思っていた主との再会。主人公のぬくもりを噛み締める健気な姿に涙を禁じ得ないイベントでした。けれど、本編から繋がるイベントであったのかはこのときのプレイヤーには判断がつきません。
時が経ち、最後まで読んだプレイヤーは気づきます。あのイベントは最終話のあとに起きた出来事だったのだと。
「私たちの選択が正しかったのかは、未だに分かりません。けれど、今の私にこのような奇跡が舞い降りたということは──きっと、間違っていなかったのだと思います」(イベント 夢の淵より書は語る)
何故レンが観測者になったのか。テウルギアはどうなったのか。どうして主人公とレンは別れてしまったのか。彼女はどんな想いで主人公と再会したのか──最後まで読んだ私なら、あのときはわからなかったこともわかるのです。すべてを知ってから読み返す夢の淵より書は語るは、当時読んだときよりも強く心を揺さぶられました。「きっと、間違っていなかったのだと思います」という言葉、沁みる。彼女にこう言ってもらえたなら、今の記憶には残らなかったとしても主人公は先に進んで行けるのでしょう。イベントを実装した頃にはこの終わり方にすると決まっていたのでしょうか。感嘆の声しか出ない天才的な構成です。
書き切ってくださって本当にありがとうございました。これ以上ない最高の終わりを読めたこと、本当に嬉しいです。たくさんの愛をありがとう。
好きなシーン番外編
好きなシーンでは各塔界から一つずつ好きなところを語りましたが、語りたい箇所が多すぎるので思う存分書きます。
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物語の一区切りだった第四塔界で戦ったゲーティアは、現段階での主人公の力では到底敵わないほどの強敵でした。アスタロトのみではなく他の魔王の力も借りることになります。バエルが「泉という形で流し込むとしよう」と話していますが、ゲーム上の進行としてはマップ上に存在するHPとMPを回復させる効果を持っていた六個の泉に主人公が到達することで攻撃力・防御力・被ダメージ軽減のどれかが強化される仕組みでした。全部の泉を踏んで最大限強化するも良し、一部だけ踏むも良し、強化なしで挑むことも可能だったのです。
世界の支配者たるゲーティアが弱いわけがありません。第四塔界までしか制覇していない主人公が倒せてしまっては世界のバランスが崩壊します。かといって主人公が倒せないほどのステータスにしてしまうと、ゲームとして成立しません。だからバフをかけるわけですが、「既存システムである泉を踏むことで強化される」「泉を踏む数は自分で選べるので楽に倒すこともやりがいを感じることもできる」「大多数のプレイヤーは強化なしでは勝てる見込みは限りなく低いとはいえ、トッププレイヤーであれば不可能ではなかった」という絶妙なゲームバランスです。
「現段階での主人公が勝てるはずがない」物語の世界観と、「魔神の育成状況に差があるすべてのプレイヤーが勝てるようにし、手応えも与える」ゲーム性を無理なく両立した手腕に感服です。
時が経ち十二塔界を制覇した主人公は、世界の理を変えるべく再びゲーティアに挑みます。前回とは違い、力をつけた今の主人公に魔王の加護は不要です。そんなことは魔王たちも承知の上で「お守りにもならないかもしれないけど、私たちの気持ちはたくさん込めたわ」と加護を授けてくれました。前回はアスタロトから頼まれて渋々力を貸してくれていた彼女たちが、今回は主人公を想って自分の意思で託してくれたのです。主人公が彼女たちと築き上げた絆が見えてとても好きです。このとき、ハルパクスさんはアスタロトとサインが被るからと遠慮したところも好きですね。
そして、魔王たちの加護は戦闘とは別の形で主人公を助けてくれました。
人間が立ち入っていい領域ではないレメゲトンの空間に取り込まれてしまった主人公を、レメゲトンの中に還っていたクラウラが守ってくれます。彼女のおかげで、魔王たちが主人公の意識を引き戻すのに間に合いました。主人公はここで加護を使い、疲弊していた体と心を回復させます。全員の想いが繋がった、大好きなシーンです。
◆
「……違う。みんなが楽観的すぎるんだよ。大事なことは全部主人公に押し付けて、わたしたちは手を貸すくらいしかできないのに」
「……後悔の、ないように……かぁ。後悔しなかったことなんて、一度もないや。だから、あなたが教えてね。……悔いの残らない幕引きってものを。ふふふ、期待してるよ……♪」(基底心核 回想:雷と破壊)
珍しく弱音を吐くフルフル。少し語弊がある書き方をすると、物語上どこかで必要になる台詞で、どのキャラクターが口にしていても違和感はないと感じます。だって、誰しも少なからず当てはまる思いでしょうから。だけど、実際に言葉にしたのはいつだってアスタロトを一番にしていたフルフルでした。このことが私には印象的で、「手を貸すくらいしかできない」と負い目を感じるほど心を許してくれたことが嬉しかったです。
きっとみんな、何度も何度も後悔してきたんですよね。今も「これでよかった」と言えるほどは割り切れてはいなくて、振り返って立ち止まりそうになってしまうときがある。だけどそんなときは誰かが背中を押してくれる。一つも悔いを残さないのは無理かもしれないけれど、悔いの少ない未来を自分たちの力で掴み取れたらいいと心から願いました。
◆
「……はぁ。いい加減学習してほしいよね。「観測者」なら、なおさらだよ。どうして大きい決断をするときに、黙って一人で進めようとするんだろう。あの時のアスタロトだって……わたしたちに何か言ってくれてれば、今がもっと違う未来になってたかもしれないのにさ」(基底心核 回想:光と闇)
都合が悪いことは黙っているテウルギアに対し、バラムは愚痴を零します。相談もなく一人で決めてしまう姿は、魔王たちを裏切ったアスタロトと重なるものでした。「話してくれていれば今がもっと違う未来になっていたかもしれない」は最もな意見だと思います。打ち明けてくれていたなら、バラムたちも無下にはしなかったはずです。解決策は見つからなかったとしても、「仲間の一人が裏切った」だなんて最悪の事実を胸に刻みながら終えることはなかったかもしれません。
きっと、あいつがナータンに抱いていたのと同じ思いでしょうね。大切だったからこそ、話して欲しかった。でも、大切だったからこそ言えなかった。
「……そうね。でも、ちょっとだけ秘密にしちゃう気持ちも分かるの。例えば──例えばの話よ。もしも、私一人の犠牲で世界中の皆を助けられるなら。大きな決断を絶対に正しいと信じることができないとき、私だけで責任を負ってしまえるのなら……私は、みんなに内緒で頑張っちゃうかもしれないわ。心中をするには、みんなのことが大切になりすぎちゃったもの」(基底心核 回想:光と闇)
あいつを犠牲にするしかないルールを変えようと、自らを石に変えたナータン。ナータンを取り戻すべく王を目指したあいつ。あいつを王にしないために魔王を裏切ってまで封印したアスタロト。自分たちの存在を確立させたくてテウルギアと組んだメタティアクス。みんな、誰かのために大きな決断をしました。巻き込みたくないからと、一人で決めて。「心中をするには、みんなのことが大切になりすぎた」は心当たりがある感情なのではないでしょうか。
アスタロトの想いを掬い上げようとするグレお姉さんの優しさも、抱え込まずに言って欲しかったバラムの優しさもどちらも好きです。アスタロトが裏切ったことについて今の彼女たちがどう思っているのかちゃんと話し合って欲しかったので、聞けて嬉しかったやり取りです。プレイヤー視点としては「言えなかったのもわかるけどみんな黙って行動に移しすぎだよ……」ともずっと思っていましたから、言葉にしてもらえてすっきりしましたね。
◆
「だから、お前は──俺の敵として、今ここで死ね!」(第一塔界 第一塔界制覇)
「お前が召喚される直前。ほんの十日ほど前。そのときのお前は二日で終わっていた。あの男に刺殺されてな」(第四塔界 ナータンの言葉Ⅲ)
第一塔界でジェイクに殺されそうになった主人公。アスタロトによって防がれましたが、実は敵意を向けられるのは今回の召喚が初めてではなく、前回の召喚では彼に刺殺されていたことが明かされました。二回連続で殺されそうになっているのですから、繰り返し続けてきた候補者争いの中で彼に殺された回数は少なくはないと思われます。彼は同盟を結ぶ気はさらさらなく、他者を蹴落としてでも自分さえ救われればそれでよかったんですね。
だからといって、奪ってしまった命を背負って前に進むほどの覚悟もありません。生前から彼の性根は変わっておらず、「こうするしかなかった」と言い訳をしてその場凌ぎで生きていた男です。ルシールの従者を演じていたのも、相手に決断を委ねたからでした。
そんな彼が、実兄であるナータンと再会することになります。生前とは異なり、取り繕うことをやめたナータンは「自分以外がすべて無価値だった」と語りました。あいつに出会ったことで変われたのだとも。実際のところはナータンは本音を喋っていたのですが、鵜呑みにすることはできませんでした。
ジェイクはナータンがあいつのために命を懸けたことを知りませんから、当時信じていた兄の理想像が崩れてしまったまま立て直せなかったのも無理はないと思います。「今」のナータンを疑ってしまった「今」のジェイクは、仲間が犠牲にならないように彼を止めると決意しました。
「だとしたら、俺が止める。恰好悪く逃げてもいい。勇み足で恥をかいてもいい。お嬢もクラウラも、主人公も……自分のために犠牲にするようにしか、俺には聞こえなかったよ、兄上」(第四塔界 幕間の物語 ネイサン)
逃げ出した過去の自分は恰好悪かったし、勇み足で恥もかいた。認めることは勇気が必要だったでしょうし、何度も醜態をさらしたくはなかったと思います。だけど、今すぐに自分の本質が変わるわけではないことも知っている。恰好悪くたって今度こそ仲間を守るために、と彼の心境の変化が見られます。
「……なあ、主人公の勝ちが決まった争いじゃなくなっちまったんだろ? その上で協力を持ち掛けるのか? 今度こそ殺されるかもしれないと思わないのか」
「それを貴方自身口にしているのはなぜですか、ジェイク」(第五塔界 リゲル墓所 最奥前)
主人公を殺そうとしたことを誰よりもジェイク自身が気に病んでいて、「信じないでほしい、どうか信じてほしい」と心の叫びが聞こえてくるようです。仲間の大切さが身に染みるほど、変わりたいと悔やむほど、主人公を殺そうとした事実は重くのしかかったのだと思います。記憶にはなくとも前回は刺殺しているわけで、気の迷いだとか言い逃れしようもないんですよね……。元の世界でも、どの世界線でも彼は彼だった。ずっと気にしていたことが終盤でも語れています。
「何もかも全てなかったことになるのなら、俺はまた自分の目的のために平気で人を殺そうとするようなどうしようもねえクズ野郎に戻るのかよ……? 自分がクズであることも自覚できないクズ野郎に戻った俺はどこで生きるんだ?」(基底心核 回想:盟友)
「自分がクズであることも自覚できないクズ野郎に戻った俺はどこで生きるんだ?」最初にこの台詞を読んだとき、本人がこれを言うんだと衝撃でした。作中の誰も、お前はクズだと罵ってはいないんですよ。ナータンを怒らせたりはしましたが。だから俺はクズだ、っていうのはジェイクが自分自身と向き合って出した答えなんですよね。逃げ続けていた彼が、今度は逃げなかったんです。もう二度と繰り返したくないから、今の、クズな俺のまま死なせろ勝手になかったことにするなと叫ぶんです。「あの」ジェイクが。
ゴエティアは当初、資源の奪い合い──いわゆるPvPが実装される予定でした。しかし反対するプレイヤーが多かったためか、正式サービス時にはなかったことになっています。公式PVにあったジェイクの「候補者同士は仲間じゃねぇ! 敵同士なんだよ!」という台詞はここからきています。余談ですがこの台詞はスタンプにもなっています。使いどころは難しいです。話が逸れてしまいましたが、要はジェイクは仲間ごっこをする気がはなからなく、自分の目的のために争うのは既定路線だったんですね。その彼が、「俺が犯したどうしようもねえ罪を、なかったことになんてさせねえぞ。俺だって、クズなりに覚悟をして生きてきたんだ……!」と訴える日がくるとは、まさか思ってもみませんでした。彼の生き様に強烈に心惹かれることになるとは、あの頃の自分は想像もしていませんでした。犯した罪をなかったことにするな、と自分の罪を正面から受け止めたあなたのことが大好きです。
◆
「それでも抗うというのなら……好きに足掻くといい。叶わぬと知っていながら神に抗った、かつての私のように」(基底心核 意識崩壊)
生前のソロモンがいた世界は、世界を創った神の手によって滅ぼされました。しかし、ソロモンたちも大人しく滅びのときを待っていたわけではありませんでした。堕天使と手を組み、「正義」の神に反逆したのです。負け戦であることは始めから分かった上で、稀代の魔導師ソロモン王は民を率いて戦い続けました。
それはどれほどの覚悟だったのでしょうか。トップである王が「この戦いは負ける」と弱気なようでは、民たちはついていかなかったでしょう。絶望的な状況でも「この人についていけば勝てるかもしれない」と希望の光を見たからこそ、武器を持って立ち上がることができたのだと思います。その希望の光を見せるために、ソロモンは「絶対に勝つ」と一貫した姿勢を崩さなかったのだと想像できます。結果として、敗北で終わってしまったわけですけれども。
ソロモンが諦めなかったからこそ、ゴエティアクロスの世界は五百年経っても存続しているんですよね。
絶対的な存在である神に抗うことを決意し、最期まで希望を見せ続けたのだろう彼の生き様を思うと胸が苦しくなります。「ソロモン王」ではなく「ソロモン」として弱音を吐ける相手って彼にいましたか……?
◆
「お前たちが、私の世界を──」
「──殺したも同然だ、なんて言うつもり?」
「それは違うだろ……お前だって分かってるはずだぜ、ソロモン」(基底心核 悲願と執念)
主人公に倒され、お前たちの行いによって私の世界が消えると恨み言を吐くソロモン。ソロモンの世界を滅ぼしたのは創世神で、今の地獄を造り出したのはソロモンです。主人公たちは地獄を変えるために戦ったのですから見当違いの怒りと言えます。それは違うだろ、とアウトテートに反論され、ハルパクスとメタティアクスも彼女に続けます。
「あなたは……心の何処かで待っていたのではありませんか。誰かが、あなたの「戦い」を止めに入ることを」
「だからこそ、主人公がここまで進んでくるのを止めなかった。……違うかしら?」(基底心核 悲願と執念)
幾度となく繰り返されてきた候補者争いの果て。すべては「自分の世界を救いたい」というソロモンの願いを叶えるために仕組まれた争いです。彼は、彼の意思で他の世界を犠牲にする道を選びました。ですから、「止めてくれる誰かを待っていた」だなんて、自分勝手な思いではないでしょうか。なのにソロモンは否定しません。つまり、図星だったんですね。
「彼らの願いを無碍にするつもりはないわ。テウルギアが観測してきた世界の記録の中で、どれだけの苦悩の果てにこの道を選んだのかも知ってる。他の世界から力を奪うような卑劣な鬼になろうとも、自分たちの世界を救いたいという願いは、覚悟を決めた人間でなければ抱けないわ」(基底心核 彼女の声)
テウルギアに取り込まれた際に彼の記録を覗いていたクラウラは、ソロモンについて「苦悩の果てにこの道を選んだ」と語っています。かつてのソロモンは血も涙もない人間だったわけではないんですね……。足掻いて、必死に足掻いて、他に神に勝てる方法を見つけられなかった。何もかもを犠牲にすることでしか、自分の世界は救われない。それは、どれほどの覚悟だったのでしょうか……。
愛している自分の世界で生きていた人々。犠牲にした世界で生きていた人々。彼らのために、ソロモンはもう立ち止まれませんでした。どんなに自分勝手な願いであっても、止めてくれる誰かを待つしか彼にはできなかった。同じ世界で同じように神に抗ったあいつが止めることができていれば、とも考えますが、あいつには無理だったのだろうなとも思います。主人公と同等の力を持っていたとしてもあいつにはソロモンの悲願を打ち砕けなかった気がするので。
「ソロモンは本当は誰かに止めてほしかった」と考える度に、いつも泣きそうになります。結局のところソロモンは神にはなれなかった一人の人間でしかないのだと思い知らされてしまうからです。一人の人間が背負うには、あまりにも重い決断です。
それでも最期まで王の矜持を保ち、無言で消えていった彼のことを忘れられそうにはありません。
◆
ラスボスだったレメゲトン・ソロモニア戦は耐久戦でした。ソロモニアが繰り出す強力な攻撃をひたすら耐え続け、彼が台詞を言い終わると弱体化して通常攻撃一発で倒せるようになります。高い防御力を持つ盾を生き残らせることが重要で、装備を強化したりアビリティを揃えたり難易度は高かったです。弱かった私は数えきれないくらい挑みました。
ラスボス戦に敢えて耐久戦を持ってきたところがすごく好きです。主人公たちはソロモンの主張を頭ごなしに否定したかったわけではないんですよね。だけど、彼の好きにさせるわけにいかない。彼の思いの丈を聞き終えた後に一回だけ攻撃して決着をつける、というのは物語と合っていてよかったです。ソロモンを叩きのめすやり方ではもっとやるせない気持ちになっていたと思うので……。
ソロモンの台詞が終わると本来ならループするはずの戦闘BGMが途切れました。主人公は無音の中で攻撃することになります。「あいつ」から始まり、繰り返し続けてきた世界に終止符が打たれたのだと示唆しているようで、大好きな演出です。
このとき流れていた『地を廻りて溘焉に眠る者よ』は『そこに還る場所』と並んで特別枠に入るくらい大好きなBGMです。タイトルもかっこよすぎませんか。ゴエティアクロスサウンドトラック第ニ弾に収録されています。ゴエティアクロスのゲーム内でも聴けます。サントラがなければタイトルを知る機会がなかったのかもしれないと思うとサントラには圧倒的感謝です。
好きな関係性
先代候補者たち
自分以外の人間を見下していた王子ナータン。悲惨な人生を送った魔女ルシエラ。二人に慕われていたあいつ。どんなやり取りがあったのかは、一部目録で垣間見ることができました。
『修魔の塔 オーディールフラワー目録』では、魔神が獣のような姿から女性的に変わったときにナータンが「これはお前の趣味か?」とあいつをからかってみんなで笑ったとあります。雰囲気はよかったみたいですね。
意見が割れる出来事もあったのだと、アーゲンティの幻影目録で明かされています。アーゲンティの幻影をあれはアーゲンティだと主張したナータンとルシエラ、アーゲンティとは呼びたくない名前は重要だと反論するあいつ。個を尊重してもらえていたのだろうあいつと、蔑ろにされてきた彼らとの人生経験の違いが顕著に出ています。
ナータンは生まれたときから「王」になることを定められた子どもです。民衆の不満を受け止め、都合よく弄ばれる王に。さらに弟は自分と似た名前を与えられ、彼の代わりもいました。「ナータン」として愛された実感が薄いのでしょう。
魔女の先祖返りであったルシエラのことを両親は愛していましたが、内心では魔女を憎んでいたのではないかとアスタロトは推測しています。両親が殺された後は「恵族」の生き残りとして箱舟に乗せられました。誰も「ルシエラ」という少女を見ていなかったんです。だからアーゲンティとハーゲンティを区別しなかった。できなかった。あいつがこの二人と意見が合わなかったのは、あいつはあいつとして周囲の人に愛してもらえていたからだと思います。
今回のみではなく、度々こんな風に噛み合わないことがあったんじゃないでしょうか。お互いに、もどかしさを感じていそうです。あいつは二人を真に理解することはできなかったでしょうし、逆もしかりでしょう。自分とはほど遠い存在だったからこそ二人はあいつに惹かれたのだと思っています。
特にルシエラの本質は「誰かに守って欲しかった」と泣いていた幼い少女のままなので、あいつがルシエラを当たり前のように一人の人間として大事にすることが彼女にとっては何よりも得難いものだったのではないかと思います。
彼らの物語をもっと読んでみたかったですね。人間不信を極めた二人とあいつがどうやって打ち解けたのか、とても気になります。
ナータンとジェイク(ネイサン)
穏やかな兄王子と、民想いの弟王子。誰が跡を継いでも大きな混乱が起きないよう、Nathan(ナータン、ネイサン)とよく似た名前をつけられた二人でした。ネイサンがナータンに気兼ねなく話しかけているのを見ると、表面上だけならばそれなりに仲の良い兄弟だった様子。ネイサンを担ぎ上げて反乱を起こそうとしていた勢力もいましたが、中には二人を争わせることに胸を痛めていた者もいたのかもしれません。
が、実態はナータンは自分以外は全て無価値に見えていたと語り、ネイサンはネイサンで自分のことだけが可愛い男でした。この二人は元の世界で何度繰り返したとしても彼らが彼らである限り相入れなかったと思います。
でも、ナータンもジェイクもそれぞれ地獄でかけがえのない仲間に出会いました。自分以外を大切に想う気持ちを知りました。
『基底心核 固い決意』で「もう俺は逃げないぜ。逃げたって碌なことにならねえってことは、散々思い知ったからな」と言い切ったジェイクにナータンは「……ははっ。知らねえ間に、随分と大きくなりやがって。今のお前と俺の関係のまま、昔に戻れたら……俺たちの世界は、何か違う未来に辿り着いていたかもしれねぇな」と返しています。
無責任だった王子は成長したのだと、身に沁みた瞬間ですね。「知らねえ間に、随分と大きくなりやがって」は、ジェイクにも私たちにも初めて見せてくれた「兄の顔」だと感じました。ナータンも最初からジェイクのことをその他大勢に入れていたわけではないのだと思います。弟が生まれたときには、内心喜んでいたり仲間意識を感じていたりもしたのかもしれません。これほど似た名前をつけられているということは、ナータンとネイサンの間に男兄弟はいないのだと思いますし。
今の二人ならばぶつかり合い、兄弟喧嘩をしたとしても仲直りすることができるはずです。転生先でも兄弟として生まれてきて欲しいです。
テウルギアとティア
人間になって世界を見たいと夢見た観測者テウルギア。彼は全てを捨て去り、あいつの記録で自分を上書きしました。結果、生まれたのは自分が何者なのか何をすべきなのかも忘れた候補者ティアです。テウルギアの意思とは反し、別の人格として独立してしまったのです。「お前に奪われたんだ、ティア」と彼はなじりましたが、自分がなりたかった姿で憧れた場所に別の人間が立っているのですから、奪われたと感じるのも当然の話ではありますね。
私はテウルギアとティアは対立するのではないかとハラハラしていました。どうか共存してほしいと願いながらも、どちらかが消滅するなら偽物と言われていたティアの方かもとも思っていました。
ソロモンが消えた後の地獄を存続させるため、テウルギアは彼の代わりに世界の心核になることを決めます。待つのは音のない闇の中、永劫の孤独。気が遠くなるほど永い間独りで地獄を観測し続け、全知を捨ててでも別の自分になりたかった彼には苦渋の決断だったことでしょう。けれど、今のテウルギアは独りではありません。候補者と交流して情緒が芽生え、誰よりもテウルギアのことを理解しようとしてくれているティアがそばにいるのです。生み出してしまったことを悔やんでいた彼の存在が、これからのテウルギアを支えてくれる。テウルギアとティアとして、彼らは共に生きていく。私の期待の遥か上をいった、最高の終わり方でした。
レンとクラウラ
思えば、クラウラは最初から数々のヒントを出していました。クラウラが主人公たちの前に現れたときの第一声がレンに向かって「随分大仰なことを言うのねー。そう言う性格だったかしら?」ですから、以前からあなたを知っていると暗に伝えているんですよね。レンには通じず「この私とあなたは初対面のはず」と返されていますが、クラウラは「最初の訪問者が私だったことは幸運だったわね」と嘘ではない本当のことを言って初対面には否定も肯定もしていません。他にもレンの台詞を取ったり、レンが教えるはずだった塔界の名前を先付けしたり、レンのことも先の未来も知っている素振りを見せます。気付いて欲しかったからです。レンなら、他の候補者や魔王とは違って主人公を絶対に裏切ったりはしないと確信を持っていたから。「今度こそ」主人公を王にするために。
存在も志も同じくし、仲間意識を持っていた二人。二人には決定的な差がありました。レンは「今」の主人公を見ていましたが、クラウラは「過去」の主人公を見ていたのです。主人公の魔導書と候補者という立場の違いもあり、二人が歩む道は徐々にずれていきました。
ティアのことを探ろうとしたクラウラはテウルギアに取り込まれてしまいます。最後の力を振り絞って消えかけていた魔王を復活させ、テウルギア・プライムを再構築しました。彼女の魂はレメゲトン──魔導書の中に還っていきます。最終決戦でレメゲトン・ソロモニアの領域に堕とされた主人公はレメゲトンの中で眠る彼女に一度だけ再会しましたが、現実ではかたちを失った彼女を誰も見ることはできません。声も聞こえません。ただ一人、同じレメゲトンから分かたれたレン以外は。
世界の心核になったテウルギアの代わりに、観測者の席についた夢妄レン。彼女は、クラウラの声を聞きながら数多の世界を見守り記録して続けています。本来であれば、観測者に待つのは永劫の孤独でした。けれど、レンは決して独りにはなりません。かつてのテウルギアのように気まぐれを起こしそうになったとしても、クラウラが止めてくれます。それは、レンにとってどれほど心強いことでしょうか。
テウルギアとティア。レンとクラウラ。彼らの結末は少しの寂しさも残しながらも、二人でならこれから先も生きていけると希望を感じられるものでした。このラストが大好きです。
後書き
この感想を書こうとしたきっかけは、自分用に一冊だけ本を作ってみたいと思ったからです。本当はゴエティアクロスと合同にする予定でした。予想外に時間がかかってしまい、完結していてテキストに書き起こしているゴエティアでこれではゴエティアクロスを書くのは当分無理そうと一旦分けました。
たぶんゴエティアクロスがなければゴエティアは大事な思い出として胸にしまったままだったと思います。感想を書きたいなと思うことはあっても実行には移さなかったんじゃないでしょうか。
だけど、ゴエティアクロスがあったから。大好きなゴエティアクロスと大好きなゴエティアの話が繋がったから。私はゴエティアが大好きだったと何度も再確認して、この気持ちを言葉にしたいとTwitter(現X)でもよく呟きました。
この感想を書くのも、本当に楽しかったです。度々泣きながら文字を打っていましたが、それも良い思い出です。
メインストーリー完結だけではなく、ソロモンの魔神とデカンの魔神を全員実装し終えた後に悪魔の偽王国からプルフラスも実装し、従来の人気投票よりも労力がかかるレアリティごとの人気投票を実施し、一位をとったアナトレトを最後の特別な魔神としてきっちり実装してくださいました。最後の最後まで尽力してくださったこと、忘れません。ありがとうございました。
ありがとう、ゴエティア-千の魔神と無限の塔-。ありがとう、ゴエティアクロス。たくさんの愛をありがとう。これからもずっと大好きです。
ゴエクロ百年続いてくれ~~。
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