愚かで、哀れな男だった。

 男――ソロモンは、王という肩書きこそあれど所詮は人の子だった。人間故に、世界を造った神には歯が立たなかった。当然の話である。創造主に勝てる人間は存在しない。してはならない。いくら束になろうとも、矢は届きはしないのだ。そんな事は、ソロモンも端から分かっていたはずだ。それでも彼は、彼の世界に生きる人々は、神に反逆した。

 何もかも投げ捨ててしまえば、よっぽど楽だったろうに。
 私達だって、私だって。奴の言いなりになどならずに済んだのに。

 仮にソロモンがお飾りの王だったならば、話は違っていたのかもしれない。彼を信じた人間達も、ソロモン本人でさえも「もしかしたら」「きっと」だなんて淡い希望すらも抱かなかったのではないか。民を導くソロモンに、力がなければ。

 だが、ソロモンはありとあらゆる世界の中でも一際優れた力を有する魔導師だった。それが幸か不幸かはテウルギアには判断する術もなく、興味もなかったが、神には敵わずとも地獄を乗っ取るだけの力があったのは紛れもない事実であった。
 「もしかしたら」「きっと」でしかなかった僅かな可能性を、ソロモンは掴み取ろうとした。観測者テウルギアが疲れ果てるほどに永い、永い時間をかけて。自身は人だった頃の肉体も心も失くして。

 奴が憎んだ神と同じように、多くの世界を滅ぼしながら。

 私に名を与えた稀代の魔導師ソロモンよ。
 この世界で私だけが、お前の全てを記録していた。記録し続けた。
 私がお前を止められていれば、お前は、お前の執念は、こんなにも永く生き続ける事もなかったのだろうか。お前がもっと早くに――いや、詮のない事だ。

 私が記した膨大な記録は、観測者レンがクラヴィクラと共に引き継ぐ。
 お前が消えようとも、エニグマが消滅する事はない。お前がこの世界で生き、身勝手に振る舞った過去もまた、なかった事にはならない。
 お前には屈辱かもしれないな。これも報いだ。人間の言葉で表せば因果応報というものだろうか。

 そして、私がお前に贈れるせめてもの手向けでもある。

紙くずに価値はないとお前は言った