彼と過ごしたはずの思い出は、二人揃って海の藻屑になった。あなたは、子供が生まれた時に喜んでくれていたのだろうか。母の隣で抱いてくれたこともあっただろうか。あなたにも、幸福だった日々があった?あなたの憎しみを理解する日はきっと来ない。でも叶うなら、父と呼んでみたかったよ。――父さん。
私はあなたじゃない。あなたも私ではなかった。エルの主様は、置いて行ったりなんかしない。足を止めていたら、振り返って心配してくれる人だった。だからあなたの気持ちはわかりません。でも、この手が離れてしまったら胸が張り裂けそうに痛むから。届かなかったあなたの想いは、私が連れて行く。
終わる、始まる、また終わる。そして始まる。繰り返す、この世界は繰り返す。男の悲願が果たされるまで。そんな日は来ないと、お前が一番わかっているだろうに。全く、付き合う身にもなってほしいもんだ。私はいい加減飽きたよ。たまには違うことをしたっていいだろ、どうせすぐに終わるんだから。
親友と瓜二つの彼は、魔神と同等の力を持って召喚された。何故、と問うあなたに、彼が答えたのはたった一言。「あなたに、会いたかったんです」人間でなくなってもかまわなかったのだと。もし自分が彼の立場だったなら、どうしただろう。――彼を守って戦えるのなら、それも悪くないかもしれない。
「雪だ!」はしゃいだ子供たちが外へと出て行く。取り残されたクロウがいつも通り室内で過ごそうとしていたら、ふたり分の手袋とマフラーを持ってきたあの子が「一緒に遊ぼう」と誘ってくれた。みんなが元気よく雪玉を投げ合う中で、小さなうさぎを作る。このままずっと解けなければいいのに。
「エビおいしそう……」
「そうかあ? 大味そうだけどな。腹一杯食えるのはいいな」
「調理次第ではないでしょうか? リガルならできますよ、私も手伝います」
「気持ちだけもらっとく。戦闘は任せるぜ」
「今日はみんなでお腹いっぱいエビを食べよう。いくよ!」
「カニの味が……する……!?」
「お前らだって祝祭を楽しんでた頃くらいあるだろ?」
「どうでしょうか……修行の日々でしたからね。ああ、孤児院にいたときにやっていたかもしれません。私は体調を崩して行事には参加できないことの方が多かったのですが」
「……俺の菓子分けてやるよ……」
「なあ、ちょっと丸くなったか?」
「女性に失礼ですよ」
「美味いもんを腹一杯食えてるのはいいことだろ」
「私も同意しますが、世の中には言わない方が良いこともあるのです」
「なんでだよ…… ……ああ、クロウも言ったことあるんだな、悪かったって! 俺が悪かったから! 魔導書を構えるな!」
王の伴侶として相応しい家柄で魔力が高く、年頃の近い女が選ばれただけだった。
だけど、あの人は優しかった。私を呼ぶ声も、子供たちを抱く手も。道端で転んだ見知らぬ子供に差し伸べる温度と変わらなかったのだとしても。それで充分だと、つき続けた私の嘘を、気付かぬままいてくれたらいい。
「あなたと初めて出会ったときのこと、覚えていますよ。心許なさそうに師匠の背中に隠れていました」
「忘れてしまってたけど、思い出したよ。かわいい女の子が声をかけてくれて嬉しかった。歓迎してくれる人がいるんだって安心したな」
「……女の子?」
「小さくて髪も長かったし……ごめんって」
そういえば彼は花言葉に詳しいのだった。孤児院の本の中に植物図鑑も混じっていた。それにしたってどんな顔をして白薔薇を買ったのだろう。
大切にしなくては、と生けようとして肝心なことに気付く。――花瓶がない。取り急ぎコップで代用したものの、台無しである。……お洒落なやつ、買ってこよう。
「どうしたんだよこの薔薇。たっかそ……」
「クロウがくれた。綺麗だよね」
「は? あれか、着飾ったすげーイケメンが白薔薇持って立ってたってあいつのことか!?」
「……噂になってるんだ?」
「プロポーズは成功したのかっておばちゃん達が盛り上がってたぞ」
「イケメンは大変だね……」
「5本だから、プロポーズじゃないんだけどね」
「本数で意味が違うんだったか?」
「そうそう。覚えてて偉いよ。5本は感謝だって」
「へへっ。けど遠目からはわかんねえよ」
「それもそうか」
「なあところでこれ、いくらしたんだ? 安い買い物じゃねえだろ」
「……怖くて聞いてない……」
昔、任務の終わりに一輪の花を買って帰る人がいた。高価なのに、とあの頃は不思議だったけれど今なら少し理解できる。疲れた心が浄化されていくような、安らぎを感じるのだ。日頃の感謝を込めた、と彼の気遣いも胸を暖かくしてくれる。
「枯れてしまうのがもったいないな」
明日も部屋に帰ってこよう。
笑っていてね、怪我をしないでね、無事に帰って来てね。それらは、愛に満ちた祈りだ。やさしい祈りが日々つもって、生きる力になる。待っていていてくれる人のために自分は戦うのだと、そう言って戦場を駆ける同士を多く見てきた。
「一緒にがんばろうね」
あの日のあなたを、今も信じている。
「ソロモンに会った時お前に似てて驚いたぜ。アレイスターもそっくりなのか?」
「私も驚きました。血を感じましたよ」
「そう? 髪の色くらいだよ」
「顔も似てるだろ。こう、雰囲気が」
「ええ……あんなに格好よくない」
「……」
「え、なに?」
「生命力はお前の方がありそうか」
「褒めてる?」
「お前ソロモンと似てないよな」
「お母さん似なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。お母さんが艶々の黒髪だった。リガルはお父さん似だよね。将来かっこよくなりそう」
「別にアイツに似てたって嬉しくねえし……」
「クロウは、とにかくご両親が綺麗な方だったのはわかる」
「わかる」
「透き通った銀髪綺麗でいいな」
「僕はサラサラの黒髪が羨ましいよ。あちこち跳ねるんだ」
「ほんとだ。クロウみたい」
「え……クロウよりはマシだと思う」
「同じようなものだよ」
「クロウも僕も直してこれなんだよ……」
「うわ、枝毛」
「髪長いと手入れめんどくさくないのか?」
「めんどくさいよ。でもショートもマメに切らないといけないし。それに」
「それに?」
「昔、クロウが綺麗な髪だって褒めてくれたから」
「あーハイハイ。晩飯何にするかな」
「聞いたのリガルなのに」
イベント
「で、何を描いたの?」
「猫です」
「ねこ」
「猫です……」
「猫って足六本あるっけ……?」
「尻尾です……」
「ああ尻尾……もう一本は?」
「顔ですね……」
「そっか、顔。……顔っ!?か、かわいいね……?ほら、個性的で……」
「目が泳いでいますよ……」
「今度一緒にスケッチしようか……」