「ここに契約は成立致しました」
太古の魔導書、ラジエルの書。彼女が実体化した時の高揚感を、眩しさを、今でも鮮明に思い出せる。おめでとう、と純粋に祝ったあの頃の自分には、きっともう二度と戻れない。
高位魔導師は、魔導書を実体化させる事が出来る。数いる中級魔導師のうち、成功させたのはクロウの幼馴染のみだった。誰もが納得のいく結果だったのだと思う。偉大なるソロモン王の末裔、最年少魔導師。これほどの人物で無理なら、他の誰も成し得なかった。しかし、同じ師から学んだクロウは知っている。確かに血統に恵まれてこそいるが、たゆまぬ努力の成果だという事を。自分は他の人間とは違う、と驕る人間であったならば、あの少女は姿を現さなかったに違いない。だから、祝福の言葉にはよかったな、という気持ちも混じっていた。時に涙を流す事さえあった厳しい修行の日々が身を結んだのだと、誇らしくもあったのだ。
けれど。
――――ごめんなさい。
数日前までとは姿形を変えた本部でただ一人生き残っていた幼馴染は、弱々しくも魔導書を抱きしめてか細い声で呟いた。ごめんなさい。再度、静寂の中に落ちる。
あなただけでも生きていてくれてよかった。そう言うべきだっただろう、恐らくこの場において最も正しい言葉だった。なのに喉の奥でつかえて出てこない。嘘偽りない心からの想いが、認めたくない現実に阻まれる。
どうして、間に合わなかった。自分にもっと力があれば、魔導書を実体化するほどの、力があれば。どうして。
握り締めた拳から滴る血が、自身の魔導書を汚す。声は聞こえなかった。