夢を見ていた。ぼんやりとした世界の出来事で詳しい内容までは覚えていないけれど、何かに追いかけられていた気がする。逃げて、後ろを見ないようにしながら逃げて、必死に走り続けて、息を切らし疲れ果てた子供が少し休もうとすると腕を伸ばした真っ黒で得体の知れない『なにか』に足を掴まれ倒れこんでしまう。上げようとした悲鳴は闇に吸い込まれ、化け物がじわりじわりと迫ってくる。大きく開かれた口の中ではいくつもの白い塊が蠢いていた。
目が、あった。
「――――ッ!」
「わっ!」
音にならなかった叫びに、誰かの驚いた声が重なる。思ったよりも近くで響いた事を不思議に感じていたら、上から自分を覗き込んでいる女性と視線がぶつかった。最後に見た無機質なものとは似ても似つかない、深い色を溶かした穏やかな瞳。柔らかい頬に手を伸ばせば、じんわりとした熱が指先に伝わる。
ああ、よかった。彼女は、生きてた。上手く働かない頭でそれだけを確かめ、心地いい温もりに包まれながら眠りにつく。が、そこでようやく違和感に気づき眠気も覚める。隣で眠っていた彼女の顔がどうして上にあるのだろうか。……自分が枕にしているのは、もしかしたら彼女の膝ではないのか?
「あの、何故こんな体勢に」
「すんごい魘されてたから、ダリアさん直伝の癒しがいるかなって。固い膝ですが」
何て事はない風にけろりと返され、どういう反応を取ればいいのか分からなくなる。騒ぐのも恥ずかしがるのもおかしいと言わんばかりの態度だ。あまりにも彼女が平然としているものだから、高鳴った心臓もまあそういうものかと落ち着き始める。追求するのがめんどくさくなったというのも正しいかもしれない。
「怖い夢でもみた?」
彼女の問いに、クロウは考え込む。目を開けた瞬間に夢は遠ざかり、はっきりとは思い出せない。ああ、でも。彼女の言葉を借りるなら、あれはやはり「こわいゆめ」だったのだろう。
「大丈夫、次また見たら私が追い払ってあげる」
「夢の中で戦うのですか?」
「うん、だから私も登場させてね。もしくは頬っぺた叩いて起こしてあげよう」
「痛そうですね」
「痛いよー、ばっちばちいくよ。夜明けまではまだ時間があるから、そうならないようにゆっくり休んで。リガルの前では格好いい隊長でいないと」
あなたは起きているつもりなのですか。聞きたい事はあったのに、頭を撫でる手が優しくて何も言えなくなってしまう。うとうとと忘れていた眠気が襲ってきたが、逆らう気にはならなかった。今ならきっと、悪い夢は見ない。見ても、二人ならば戦える。
「おやすみ、今度こそ良い夢を」