Non omnis moriar.

 死とは未来を他者に託す事だ。自分が死んでも、誰かが後を継いでくれる。そう信じている。
 
 魔導師とは、魔導書に記載された堕天使の魂を「魔神」として使役し天魔と戦う人々の事である。非力な人間が神に対抗する唯一の手段であり、彼らがいたからこそ終わりを迎えるはずだった世界は天界大戦後もかろうじて存続していた。しかし魔導師は誰にでもなれるものではなく、魔力を持って生まれた人間でしか魔導書を扱えない。魔力が高ければ高いほど従える魔神も増えていき、状況によって編成を変える事が最も重要となってくる。魔力は遺伝によるところが大きく、特に天界大戦時に生き延びた魔導師の末裔は高い能力を有しているケースが多かった。魔導師をまとめる巨大な組織、暁の協会最高責任者アドニアもその一人だ。最良の魔導師である彼が、誰よりも才に恵まれていると断言した一人の子供がいる。

 人間と堕天使を率いた反乱軍の総指揮官ソロモン。彼がいなければ堕天使と結託する事は不可能だったと語り継がれる偉大なる王。王には数人の子供と十人以上の兄弟がおり、彼の死後数百年が経っても血は途絶える事なく繋がれていた。中でもその子供はソロモン王最後の直系子孫であったため、生まれた瞬間から魔導師になる道を定められ、多くの期待を寄せられた。子供が両親と過ごした時間は短く、母親の強い希望によりアドニアの下に預けられ過酷な修行の日々を送る。

 子供は他に類を見ない才能の持ち主だった。飲み込みが早く、本人の素直な性格も相まって教えた内容を花が水を吸うように吸収していった。少しぼうっとしているところが見られるのが気にかかる時はあったが、アドニアも忙しく、子供一人だけに時間を割くのは難しかったのもありそういう性格なんだろうと結論づけてしまっていた。原因が判明したのは、クロウという少年を弟子に迎えてからである。血筋の点では子供には劣るもののクロウも代々続く魔導師一家の生まれで、彼もまた優秀な魔導師になる将来を熱望されていた。……と言えば聞こえはいいが、子供もクロウも同年代に比べ頭一つ飛び抜けていたせいで上手く馴染めず、このままでは貴重な才能を潰すだけだとアドニアが二人揃って面倒を見る事になったというのが真相である。一人よりも二人での方が彼らは伸びるだろうと予感があったからだ。結果として、アドニアの判断は正しかった。

 子供は目を離した隙にふらりと消える癖があったため、探し出すのはクロウの役目になった。クロウはとても真面目な性格の子だったので、決して放り出したりはせず必ず二人で帰って来た。小言を並べている場面も見られたけれど、本人は気にしている様子もなくクロウも口にすれば満足するのか、二人の仲は良好だった。最早日常の光景になってきた頃、クロウがアドニアに話した一言がきっかけになる。「なにか自分たちとは別のものが見えてる気がする」

 子供の言動を振り返る。子供は時折、夢の話と現実の話、過去と未来が混交しているかのような話し方をする時があった。何もない場所に向かって「声が聞こえた」と呟き、そちらに歩いていく事も多々あるのだとクロウが言う。アドニアはこのくらいの年頃にはよくある出来事なのかと漠然と思っていたが、クロウを見ていればそうではないのは明らかだった。まさか、と子供に詳しい話を聞く。今までは見過ごしてしまっていた事も、的を絞って尋ねれば答えを得るまでに時間はかからなかった。子供は、人外と縁を結びやすい体質だった。

 さて、では指導者として親代わりとしてどう導くべきか。否定してしまうのは簡単だった。子供は聞き分けのいい子だったし、そんなものはいない、人前で話してはいけないと教えれば忠実に守っただろう。だが、アドニアはどちらも選ばなかった。要領を得ない子供の話も茶化したりはせず受け止め、歳を重ねて子供が人と違う事に気付き始めるとお前はそのままでいいと諭した。アドニアがそういう姿勢でいたからか、クロウも平然としていた。

 時が経ち、子供は優しく感受性が豊かな子に育つ。人の心に寄り添い、愛し、力のない人々を守りたい気持ちを強くしていく。死者に対してはより顕著で、親しかった者もそうでない者にも墓に野花を供え、鎮魂歌を贈る事があった。危うすぎる、本当に大丈夫なのか、と煩く言われる機会も増してきていたが、アドニアは意に介さなかった。戦う理由や原動力なんてものは、人それぞれでいい。折れるのであればアドニアも考え直したかもしれなかったけれど、子供は両親の死も昇華し立派な魔導師になるべく励んでいたのだから。

 子供がラジエルの書と契約を結んだのは、まだ幼さも残る十代前半だった。最年少魔導師の誕生である。周囲の期待に見事応えて見せたのだ。大丈夫なのかと懸念を抱いていた連中が流石だ流石だと持て囃す光景は実に滑稽だった。と、酒の場で漏らしたらケネスはなんともいえない顔をしていた。

 最年少の三級魔導師はあっという間に二級、一級と昇進していき、数年が経つ頃には中級魔導師以上が着用を許される外套を纏うまでになっていた。本部は中級魔導師から部隊を持つため、子供を隊長として隊が編成される。副隊長に子供と相性がいいだろう者を据えたのは、せめてもの親心だったのかもしれない。しかしアドニアの想いは伝わる事なく三回目の任務で部隊は隊長を残して壊滅した。幸いにも隊長が負った傷は浅く、すぐに再編成する。今度は一切の私情を挟まなかった。人員を補充しながら三回、五回と任務を重ね、そろそろ二桁に届くかという時、再び隊長以外の隊員が死亡した。隊長も死線を彷徨い、長い眠りから目覚めた時には一部の記憶が抜け落ちてしまっていた。

 ごめんなさい。

 真っ白なベッドの上で、全身に包帯を巻いた子供が薄暗い目をしてアドニアに謝る。或いは、アドニアを通して亡くなった隊員の姿を見ていたのだろうか。このままではまずいな、と今までの経験から直感で悟る。魔導師長として、師匠として、親として、最悪の事態は避けねばならない。それにこの子は向き合う事から逃げ出した自分を一生責め続けるだろう。どうしたものか、と思案し、丁度ポラリス隊の副隊長の枠が空席だった事を思い出す。クロウの隊であれば、降格といえどさほど不自然ではない。癒える事はなくとも、傷跡を薄くするくらいは出来るはずだ。二人ならば、きっと。

 人の死に慣れきった大人の願いなど、お前達は知らなくていい。どうか生きてくれ、俺の愛しい弟子よ。

Vive memor mortis.

 死とは救えなかった命を背負う事だ。けれど、私が死んでも誰にも背負ってほしくはない。

 代々続く魔導師の家系に生まれた男児は、クロウと名付けられた。クロウは生まれつき高い魔力を宿しており、素晴らしい魔導師になるに違いないと皆が褒め称えた。少年が魔導師を目指すのは当然の環境で育ち、やがて才能を見込まれ魔導師長の下に託される事になる。断固反対したのは母だった。これは後になって知った事だったが母は子が出来にくい身体で、クロウも難産の末に生まれてきたらしい。魔導師を止めた家だってある、この子を差し出す必要はないと何度も訴えたものの身内のいない母は立場が弱く、主張は通らなかった。

 ごめんね、ごめんねと、母は少年を抱きしめてひたすらに繰り返す。母にこれ以上泣いて欲しくなくて、涙を拭ける人になりたくて、クロウは魔導師の道に足を踏み入れた。だいじょうぶ、ぼくが守ってあげるから。泣かないでと小さな手で抱きしめ返して。

 そうして連れて行かれた先には、クロウと同い年くらいの子供がいた。

「微々たる差とはいえ、お前の先輩という事になるな」

 先輩。生まれて初めて出来た存在に、クロウは胸を膨らませながらよろしくね、と挨拶をする。

「うん、よろしく」

 月並みなやり取り。恐らく、アドニアも気付いていないはずだ。子供は上の空でまるでクロウを見ておらず、それがクロウの気に障った事なんて。

 第一印象は覆らず、相手はぼんやりとした子供だった。いつもどこか遠くを見ていて、口数は少なく、薄暗い空を指差し「あお」と意味の分からない言葉を零したりする事もままあった。そのくせ成績も魔力もクロウより遥かに高く知識も豊富だったものだから、なんだか気に食わないとクロウが不満を溜めていったのも致し方ないと言えよう。何よりも納得がいかなかったのは、頻繁に迷子になる子供を探し出さねばならなかった事だ。

 涼しい木陰で本を読んでいたのに、ほんの短い間目を離すだけでいなくなってしまう。またか! と腹が立ち、置いて帰ってしまおうかと考えたのは一度や二度では済まない。でも自分が探し出さなければ戻って来られなくなるんじゃないかと思うと、実行する気には到底なれなかった。広大な森や本部を走り回り、様々な人に行方を聞き、探して、探して、やっと探し当てたら大量の葉っぱの上ですやすやと眠っていた時は流石に切れた。悔しかった、こんな子供に勝てない事が。悲しかった、お前なんか知らないと馬鹿にされているようで。

 子供は眠たそうな目を擦って、頭上で喚き散らすクロウに文句を言うのかと思いきや、クロウの顔を捉えるとへにゃりと笑う。

「あ、クロウだあ」

 生気のない瞳に光が灯る瞬間を、見た。
 あの笑顔を目にした日以来、クロウは認識を改めた。理由があるのでは、と考えるようになったのである。意識して注意深く観察していれば、クロウには見えていないもの、聞こえていないものが顕現しているらしいと気付く。アドニアに相談してみるとアドニアにも思い当たる節があったのか、大した時間もかからないうちに特異体質である事が証明された。

 なんだ、そっか。

 すとん、と腑に落ちる。分からないから快く思えなかっただけで、明かされてしまえばなんて事はない。悪意はなく、本人にはその世界が当たり前だったのだ。毎回気にしていた自分が馬鹿らしくさえ思える。アドニアは態度を変えたりはしなかったし、クロウも多少当たりが柔らかくなった程度で基本的にはこれまで通り接した。迷子になるのが面倒だというのは本心だったからである。ただ、「どうして何度言っても守らないのか」といった責める台詞は消え、「せめて一言声をかけてほしい」と心配が混じるようになった。

 一度、聞かれた事がある。子供の両親が亡くなった夜だっただろうか。天窓から月明かりが差し込む広い講堂の隅で膝を抱え、子供にはぶかぶかの金の指輪を親指に嵌めて、クロウの顔色を窺いながら消え入りそうな声で問いかけてきた。

「気味悪くない……?」

 どういう流れで何を指しているのか本気で読み取れなかったので、クロウはしばし考え込んだ後何が? と真剣に返した。子供は呆気に取られた顔をして、瞬きをする度に溜まっていた涙が零れ落ちる。それから、曇りなく笑った。

「ううん、なんでもない」

 互いに切磋琢磨しながら学び、先に魔導師になったのは相手の方だった。最年少魔導師だと騒がれていたけれど、本人は居心地が悪そうにサイズを直した金の指輪を触っていた。おめでとうと話しかけたらぱっと指輪から手を離したのがおかしくて、何故笑われたのか分からなかったらしい子供は首を傾げていた。

 次の魔導師試験でクロウも魔導師になった。幼馴染と会う機会はめっきり減り、気を遣ったのかどうなのかアドニアから耳にする近況で生死を確認する。――大丈夫だろうと思っていた。あれほどの才能に恵まれ、努力も怠らず、高位魔導師のみが行える魔導書の実体化にも成功し、先へ先へと進み続ける幼馴染に怖いものはないのだろうと。どうせ自分とは違う、自分はああはなれないと、いつからか勝手に距離を置いていた。

 幼馴染が魔導師になるや否や手のひらを返した無責任な連中と自分も何一つ変わらなくなっていたと思い知らされたのは、幼馴染がポラリス隊の副隊長として編成された時だった。

「久しぶり、クロウ」

 あちこちに巻かれた包帯には血が滲み、光で満ちていた目が濁り、クロウの知らない幼馴染がそこにはいた。

「お久しぶりです、ね」

 衝撃で頭が真っ白になる。しばらく会わないうちにここまで追い詰められてしまっていた事は勿論だが、虚構を追いかけていた自分に、ああやはり同じ人間だったと安心した仄暗い気持ちに気付いてしまった事が耐え難くて、かける言葉も見つからないまま立ち尽くす。ただただ申し訳なさだけが込み上げ、上手く顔を合わせられなかった。

「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」

 虚しく通り抜けた挨拶は、いつか聞いたものとそっくりだった。

 始めはあなたの事が凄く苦手だった。私があなたに抱く感情は、綺麗なものばかりではない。でもそれでも、心から揺らがない想いだって確かにある。

 あなたが生きていてくれて、よかった。

Aliis si licet, tibi non licet.

 死神だと言われた。関わるものを不幸にするのだと。その通りだと思う。

 昔から、人ならざるものが見えていた。それが人ではないとあなたが知ったのは随分と後になってからで、おかしな事を言い出す子供に両親は手を焼いたのではないかと思う。物心つく前から耳にタコが出来るくらいソロモン王の子孫だと言い聞かされていたし、アドニアに預けたのは優れた魔導師になれるようにというのも嘘ではないのだろうけれど、どう育てたらいいのか迷ったのもあったに違いない。

 悲しいと思えるほど、実の両親の記憶はない。親を恋しがるようではよくないと、滅多に会う事もなかったからだ。けれど、覚えている事もある。母に抱かれている自分の頭を父がそっと撫で、「いってらっしゃい」「行って来る」と今生の別れになるかもしれない言葉を交わしている切なくも優しい記憶。外套をはためかせた父の堂々とした背中が、輝く金の指輪が、あなたの瞼に焼き付いている。ああなりたいと憧れた。だから、魔導師になろうと思った。決められていた道であっても、自分の意思で目指すと決めた。

 クロウに会った時は嬉しかった。自分だけではないのだと、心強くてたまらなかった。アドニアは厳しく、二人して泣く事もあったものの、何も知らずに過ごしていたあの頃がもしかしたら一番幸せだったのかもしれない。

 いないの、あの人がどこにもいないの。あなたも一緒に探してくれないかしら。
 赤い髪を風で靡かせ、魔導師の聖服を着た美しい女性があなたを呼ぶ。行かなければならない、彼女を一人にしてはいけないと強い想いで頭が瞬く間に支配されてしまう。クロウと本を読んでいた事も忘れ、あなたは彼女に近付く。鬱蒼とした森が色づき、季節外れの桜が咲き乱れ、一面がピンクに埋め尽くされた世界の中心で彼女はさめざめと泣いていた。

 どうして、どこへいってしまったの。

 魂の叫びにきゅうと胸が締め付けられたあなたは、探してあげると自分から申し出る。心当たりはなくても、哀しいこの人に泣いて欲しくなかった。

 太陽の日差しをたっぷりと浴びたガーベラの周りで蝶が踊り、透き通った湖を魚が自由に泳ぎ、小鳥が春の唄を奏で、知っているようで知らない景色の中を必死に走り回る。何度も名前を呼んだ。何度も彼女に会ってあげてほしいと頼んだ。置いていかないで、傍にいてあげて。

 あなたの願いは届かず、どれだけ探しても彼女以外の人は見つからなかった。肩を落とすあなたに、女性は寂しそうに笑う。

「いいの、本当はわかっていたのよ。でも認められずにいたの。あなたみたいな小さい子を巻き込んでわたしは何をやっているのかしらね」

 女性の華奢な手が、擦り剥いていたあなたの膝に触れる寸前で止まる。彼女は自身の魔導書を取り出すと回復魔法を使える魔神を喚び出し、傷を治してくれた。

「これで大丈夫よ。でもあなた、どこから来たの? 魔導師以外は立ち入り禁止区域なのだけど」

 あなたは自分が来た方角を指差す。すると視界がぐにゃりと歪み、先に見える花から色が失われていく。

「……そう、帰る場所があるのね。あなたは忘れないでいて、死は自分の大好きな人に二度と会えなくなることなの。限りある時間を大切に生きてね」

 幼いあなたには半分も理解出来なかったが、大きく首を縦に振って答える。探してくれてありがとうと、溶けていく真っ白な世界で聞こえた気がした。

 彼女の言葉をようやく実感したのは、母の葬儀も終わらないうちに父親も亡くなった時だった。大人達が慌しくする中、あなたは講堂の隅で縮こまる。さむくないの、とクロウに聞かれても、何も声にはならない。クロウも途中で諦めたのか口を噤み、あなたが動き出すまで隣にいてくれた。

 夜は長い。早く朝が来てほしくて、でも朝にならないで欲しくて、時計の音でさえ煩わしくて仕方がない。あなたが耳を塞ごうとした時、くしゅん、と小さなくしゃみが静かな空間に響いた。それが妙に可愛らしく、あまりにも場違いなものだから、あなたは吹き出さずにはいられなかった。女の子っぽいとからかっていたら、頬に涙が伝う。クロウが目を見開いたのが分かっても、止められなかった。

 クロウとするような他愛ない会話を、両親とした事はなかった。本当はもっともっと甘えたかったのに。もっともっと、会いたかったのに。でも、二人にはもう会えない。お母さん、お父さんと話しかけても、返事はしてくれない。たくさん名前を呼んでほしかった。頭を撫でてほしかった。普通の親子のように誕生日にはちょっとだけ豪華なご飯を食べて、ささやかなプレゼントをもらって、父に絵本を読んでもらいながら母の腕に包まれて眠りたかった。おとうさん、おかあさん。もしも何の力もない平凡な子供だったら、違う愛し方をしてくれていましたか。

 張り詰めていた糸が切れてわんわん泣き喚くあなたに、クロウは「えっ」「えっ」と戸惑った声を上げていたものの、離れてはいかなかった。あなたの事を気味悪がったりもせず、だから厄介者を押し付けられてしまったのだ、かわいそうに、と同情すらしてしまう。

 強くなりたかった。今生きている大事な人達を守るために、失くしてしまった大きな背中に近付くために。

 契約したラジエルの書――あなたはエルと呼ぶ事にした――は「あなたは素晴らしい魔導師です」と賞賛した。最初に入った部隊の一級魔導師には「驕るな」と忠告された。そこに妬みや嫉みは感じなかったので、あなたは真摯に受け止めて任務に挑む。終わる頃には、彼がああ言った意味を嫌でも悟った。一瞬の油断が命取りになる戦場で、冷静さを欠いてはならない。隊列を守り、死角を補い合いながら戦わなければ命がいくつあっても足りない。しかし訓練を受けてはいても新人は自分なら出来ると突っ走りがちで、自分だけではなく味方をも危険に晒しかねない。過ちを起こさせないために全てをひっくるめて「驕るな」と言ったのだろう。また血筋の話かと僅かにでも考えた己を恥じた。尤も、部隊はあなたを残して壊滅してしまったため、答えを本人から得る前に相手も亡くなってしまったのだが。

 己の力を過信してはいないつもりだった。師には散々叱られてきたし、緻密な戦略や全体を見渡す視野の広さはクロウに勝てなかったからだ。だが、本当にそうだっただろうか。――自分なら出来ると根拠のない自信で同僚や部下を振り回した事は一度もなかったか?

 本部ですれ違った魔導師に、死神だと投げつけられた。関わるものを不幸にするのだと。否定する気力は、なかった。

 部隊が壊滅する事自体は珍しくはない。任務を終える度にどこかの部隊が消え、また再編成されていく。しかし最年少魔導師と期待されて入った部隊、自分の部隊が立て続けに壊滅し一人生き残るのは、奇異の目を向けられる事もある。通常であれば一魔導師の噂など風に消えていくものだけれど、あなたは良くも悪くも目立ちすぎていた。

 どこで失敗したのか、どうすれば正しかったのか。考えても考えても答えは出ない。両足が血の海に浸かったまま抜け出す方法も分からずに、本物の死神によって世界は終わりを迎えた。差し出された手を取りながら、あなたは思う。

 ああ、あの魔導師の言葉は間違ってはいなかった。

Mors certa, hora incerta.

 死は死だろ。それ以外の何物でもない。でも、薄緑色の髪をした友達の事は忘れたくないって思う。

 天界大戦を生き延びた魔導師の末裔でありながら魔導師を止めた家に、少年は生まれた。そのせいで配給とは縁がなかったから、食料を調達する術として父親に弓を教わった。始めは満足に飛ばす事も出来ず悔しい思いもしたが次第に的に当てられるようになっていき、兎や鳥、猪、遂には下級の天魔までも仕留められるようになっていく。剥いだ皮はマフラーやポーチにして売り、骨は叩いて団子にして鍋に入れ、肉は村外れに住む足の悪い老婆に分けた後に残った分を焼いた。回数を重ねる毎に味を落とさない血抜きの仕方、皮に肉を残さず剥ぐ力加減、臭みを消す調理方法を身につけていく。数年が経つ頃には村一番の弓使いと言われるまでになっていた。

 命に感謝しなくてはならない、と両親は言った。自分達が生き延びて来られたのは多くの命を犠牲にして来たからだと。そしてお前も目の前に助けられる命があれば助けなさいと締めくくって。

 なら魔導師になろうと思った。魔導師になれば配給や給金が貰える。隙間だらけの小屋で寒さに凍える家族を助けられる上に人助けも出来るのなら一石二鳥だと思った。母は困った風に笑い、「頑張ってきなさい」と送り出してくれた。筆記試験には苦労したが実技試験でカバーし、無事魔導師の資格を手に入れる。試験には自分と同い年くらいの子供もいて、世知辛い世の中だとリガルは他人事のように思う。待っているだけでは、何も落ちては来ない。自分から掴み取りに行かなくてはならないのだ。

 隣で誰かが死んでも取り乱すな。思考を止めるな。闘志をなくした途端にお前は死ぬ。

 先輩の魔導師は、淡々とリガルに教えた。どうせすぐに慣れる、とまで付け加えて。言葉通りリガルが出会った魔導師は皆麻痺しきっており、つい数時間前まで共に笑い合っていた仲間の頭が天魔に踏み潰されても昨日までと何も変わらない日々を重ねていた。それが無性に気味が悪くて、言いようのない苛立ちと矛先を向ける場所がない事にやるせなさが募る。

 性格も育ってきた環境も異なるアルドラと親しくなったのは、多分、彼がまだ染まりきっていなくてほっとしたからだ。アルドラは人懐っこく純粋で、リガルの故郷の話や今まで仕留めた獲物の話を楽しそうに聞いてくれた。自分が好きな分野の話題になると目の色を変え、息継ぎもろくにせず延々と喋り続けるところなんかも面白かった。こいつが同じ隊だったらいいのになあ、とまで思った。

 そのアルドラが、天魔に「喰われて」いる。月明かりで照らされた銀のフォークが彼の腹を切り裂き、スプーンが中身を掬い、美味しそうに天魔の口元に運ばれていく。非現実的な光景だった。ひどい現実だった。妹に綺麗なリボンを買ってあげたいと話していた少年は、こんな、こんな風に殺されるために魔導師になったわけではないだろうに。燃え上がるような激しい怒りが全身に広がり、腹の底がぐらぐらと煮え立つのに、助けるのは手遅れだと頭だけがやけに落ち着いていた。

 夜が明けた後、ぼろぼろになって打ち捨てられていた遺体を回収する。ところどころ汚れた髪色を確かめなければ、アルドラだと確信出来ないほどに変わり果ててしまっていた。アルドラ、ごめん、ごめんな。心の中で何度も謝罪しながら、可能な限り深く掘った土に埋める。ひそやかに咲いていた野花を摘んできたのは、副隊長だった。

 花を供える副隊長は、音も立てずに泣いていた。リガルのように親しくなっていたわけでもないのに、ただ任務を共にしただけの別部隊の人間だろうに、リガルよりもずっと長く魔導師をやっている人が涙を流していたのだ。どうしてだろうか、不思議と、もやもやしていた気持ちが晴れていく気がした。

 あの時俺は、お前となら息苦しくならずに生きていけるって思ったんだよ。なのに何でお前は、

メメント・モリ