女性主

 気遣われている、とわかってはいた。任務先が複数あった際、リガルをこちらに割り当てたのもそうだし、復帰戦で「大丈夫ですか」と頻りに尋ねられたのは記憶にも新しい。隊長は大変だなあ、とぼんやり考えていたけれど、少し違うのではないか、とあなたも気付き始めていた。

「クロウってお前には態度おかしくねえ?」

 馬車が村に着くまで暇だったのだろう、退屈そうなリガルに話しかけられる。

「そうかな?」

 何気なく答えながら、あなたはクロウの方に視線を移す。魔導書の手入れをしていたので、集中している今ならば彼の話をしても問題ないかと判断した。正確に言えばこのやり取りもクロウの耳には届いているはずだが、取るに足らない内容は流してしまうのである。彼自身についても重要性は高くない、ということをあなたはよく知っていた。昔、陰口を叩かれていた時にあなたが怒ったら「べつに気にしてないよ」と返され、「クロウのばか!」と言い争いになったこともある。そのくせ、あなたが同じようなことを言われていると不貞腐れてしばらく引きずっていたものだ。

「壁で頭打ったくらいで大げさすぎるだろ」
「あー……やっぱりリガルもそう思う?」
「やっぱりってなんだよ」

 ――大丈夫ですか!
 先ほどのクロウの様子は、尋常ではなかった。確かに大きな音はしたけれど、笑い話で済む程度だった。目の前の少年となら「大丈夫?」「おー、平気平気」で終わっている。しかしクロウは、まるで木から落ちた時かのようにあなたに駆け寄り、声を張り上げ、問題ないとわかった後も「痛みはありませんか」と再三聞いてきた。幼馴染で隊長と副隊長という立場だとはいえ、見慣れていないリガルが引っかかりを覚えるのも当然の話である。

「私ね、ポラリス隊に編成されたのちょっと前なの。それまでは自分の部隊を持ってたんだけど……大怪我して記憶が曖昧になっちゃったのもあってクロウのところに組み込まれたんだよね」

 自分以外が全滅した、とはリガルには言えなかった。アルタイル隊は彼を残して全滅してしまったからだ。しかし少年はあなたが思うよりも聡く、あなたが濁したことも察した上で言葉を飲み込み、「原因それじゃね?」とおどけて見せた。その優しさが、今は有り難い。

「だよねえ……」

 心当たりは大いにある。数年ぶりに再会した幼馴染が生死の境を彷徨い、長く眠り続けたことは、彼の繊細な心に深い傷をつけてしまったのだろう。彼の性格からいって、いつまで経っても弱いままだとそんな自分にまた傷ついていそうだ。

「私が強くなるしかないかあ」
「なんだよ急に」
「私はぴんぴんしてますよ~って言葉で伝えても通じないと思うんだよね。クロウすんごい頑固だし。だからどんな任務でも無事に生きて帰って証明するしかないかなって。私か弱いお姫さまじゃないもの」
「ああお前けっこー図太いよな!」
「リガルくん、今のもう一回言える?」
「……じょ、冗談に決まってんだろ、おい魔導書構えんな」
「手始めに新人さんの訓練をつけてあげようかなーって。付き合ってよ、リガル」

 にっとあなたが笑いかければ、悪戯をする子どもかのようにリガルも白い歯を見せた。

「クロウをぎゃふんと言わせてやろうぜ」
「おー!」
「あなたたちは何を話しているのですか」

 いい加減無視もできなかったらしいクロウが、話に加わる。あなたは「んー」と悩み、ビヒモスの真似をして人差し指を唇に当てた。

「ひ~みつ」

 はい……? と間抜けな顔を晒したクロウがおかしくて、リガルとふたり声を上げて笑った。

 闇に呑み込まれたでも、気持ちまで沈めることはない。月はどこへ行ってもあなた達を照らすのだから。

男性主

「なあなあリガル、秘密基地ってなに?」

 リガルがクッキーを頬張っていると、副隊長に尋ねられる。

「あ? 秘密基地は秘密基地だろ」

 何を言うんだよ、と軽い調子で副隊長の方を見れば、どうやら彼は真面目に聞いてきたようだった。うっそだろ、とつい口に出てしまう。

「一般的なものなのですか?」
「そっちもかよ! 子どもの遊び場だっつーの! 親の目を盗んでぼろぼろの小屋に食いもんや本持ち込んだりとかしたことねえのかよ?」
「師匠はすげえ厳しかったし、同年代の子どもはクロウしかいないしでなあ……」
「クロウがみたいな言い方すんな。お前もアレだぞ」
「えー」

 不服そうに零す姿はとても年上、しかも自身の隊の副隊長には見えない。これほど子供っぽいくせして秘密基地は作った事がないのか、と妙な気持ちになる。彼らとリガルが育った環境が異なるのは時が経つにつれ浮き彫りになっていたが、子供、しかも男ならば一度は作った事があるだろうとばかり思っていたものが通じないのはなんともいえない居心地の悪さと一抹の寂しさを覚えた。かといって、子供時代の懐かしい思い出を彼らと共有したかったわけでもないのだけれど。そういった事を語る友人と、彼らは違う。

「あっ、師匠に叱られたときは屋根裏部屋に逃げ込んでた! せっかくだしクッションとか色々揃えてたけどあれも秘密基地で合ってる!?」
「あーまあそうなんじゃね?」
「まじかー! やったね!」

 何がそうも嬉しいのか、上機嫌で茶を啜る。変な奴、と思っていたらクロウも彼と似た表情を浮かべていて、今度こそ「変な奴……」と音になってしまった。しかし彼らは嫌そうな顔をするでもなく、益々笑みを深くする。

「でリガルくん、その持ち込んだ本はどんなのかな? おにーさんに言ってごらん?」
「はっ? おまっ」
「あなたという人は!」
「この続きはクロウのいないとこでしような、リガル。あとごめん、女性の前でする話でもなかったわ」
「私は……気にしないわ」
「わたしもいいよー。君たちおもしろいねえ」
「たちにすんな。こいつらがおかしいんだからな」
「リガルも十分アレだぞー」

 根に持たれたのか、暢気にクッキーを噛み砕きながらぼそっと付け加えられた。お前にだけは言われたくねえよ、と反論する気力もなく、今度は焼き菓子に手を伸ばす。――ああでもそうか、全員アレなんだな。

 友人ではない。きっと、こんな風に距離が近い上司と部下も他にいない。自分達の関係にはっきりと名前をつけるには、まだ付き合いが短かった。けれど別世界の人間にしてみれば皆同じように見えるのだ、と思うと口に含んだ菓子が極上のものに感じられた。

ひみつ同盟