複数の魔神を使役するには魔力が足りない頃、最優先すべきなのは攻撃力の高い魔神だと考える魔導師は多い。もちろん、防御に優れた魔神や仲間を癒す魔神も揃っているのが理想だ。しかし天魔に遭遇した際、まずは戦えなくては話にならないのである。魔導師とは天魔から逃げるのではなく、戦うために在るのだから。

 先日魔導書と契約したばかりのあなたも、自分が最初に召喚するのは攻撃に秀でた魔神になるのだと思っていた。全体攻撃が強みなブネ、特定の属性に特化したアミーやウァプラ辺りが無難なところだろう。が、契約の儀を行った場所で師が提案したのはあなたの予想を大きく外れた魔神だった。――――サクス。師に叩き込まれた知識を引っ張り出す。序列44番目に記載された、精霊使いのヒーラー。魔方陣の上以外では嘘を吐き、召喚者ですら欺くと言われている魔神。……何故、彼女を? あなたの問いに、師は抑揚のない声で答えた。

「お前の魔力ならば続けて召喚可能だろう。順番は然程重要ではない。サクスは攻撃魔法も覚えている魔神だ、いれば格段に戦いやすくなる。召喚に必要な供物は用意しておいた」

 理路整然とした師の説明にあなたは頷いて、供物を受け取る。しかし、釈然としない気持ちも芽生えていた。本当に、それだけが理由なのだろうか? 指定召喚できる供物は、とても貴重なものだと聞いている。連続で召喚するならば、初心者でも使いやすいと耳にしたバルバトスや他にも最適な魔神はいるのではないか。疑問をあなたはぐっと飲み込む。反論は許可されていなかった。

「では、始めよう」

 緊張で震えそうになる指でラジエルの書を開き、該当するページを開く。意識を一点に集中させ、心の中で強く念じた。喚ぶ際の言葉はなんでもいいと予め聞いていたので、あなたは自分が思うがままの気持ちを投げかける

 おいで。どうか力になってほしい。

「いいでしょう。あなたの声、聞き入れましたわ」

 ラジエルの書が淡い光を発し、白青の魔法陣が眼前に浮かび上がる。自然には生まれない煌きに目を細めてしまいそうになったものの、自分は一部始終を見届ける義務があるのだと堪えた。周囲に散っていた光の粒はやがて一箇所に集まり、人の形を成していく。

「賢明ですね。目を逸らすようであれば私はあなたを主とは認めませんでした」

 真っ直ぐに伸びた桃色の髪を背中まで伸ばし、使い魔の上位である精霊を使役する美しい女性。気が緩みそうになるが、魔神との契約において僅かでも隙を見せてはならないと耳にタコが出来るほど言い聞かされたのを思い出す。自分を使役するだけの器がないと判断し、反旗を翻す者もいるのだという。あなたは毅然とした態度でサクスと向き合った。

「サクスと申します、幼い主様」

 あなたも名乗る。魔方陣の上に乗っている彼女の言葉は真であるはずだ。目を閉じなくてよかった、と首の皮一枚繋がった気分だった。今日この日のために過酷な修行を積み、資料室を埋め尽くす文献を読み漁り、数日前から心を落ち着かせて挑んだのだ。失敗は、許されない。

「良い心構えです。召喚されたのは、私が最初ですか?」

 あなたは首肯する。彼女を前にして偽るのは良くない、と直感で悟り、師の勧めであることも告げた。

「うふふ……面白いお方ですのね。その命に従い望みを果たしましょう。お任せくださいませ」

 己の主として相応しいのかあなたを見極めようとしているのは、あなたも気づいていた。何が気に入られたのかあなたにはわからなかったが、どうやら合格したらしい。張り詰めていた空気は和らぎ、サクスは見る者を安心させる柔らかい笑みで精霊を撫でている。そうしていると、ふつうの人間となんら変わりないように見えた。

「私が必要な際にはお喚びください。私はいつでもあなたに応えます」

 最後に微笑んで、サクスは姿を消す。本の中に戻ったのだ、と理解するまで少し時間がかかった。

「サクスは従順で誠実な魔神だ。扱いさえ間違わなければ助力を惜しまないだろう」

 師の言葉にもまた、嘘は見つからない。胸を撫で下ろしたあなたは、魔導書を確認する。そこには堕天使サクスに関する情報が新たに記述されていた。あなたが、最初に召喚した魔神。成功した! じわじわ込み上げてくる歓喜が全身に駆け巡り、抑え切れない興奮が溢れ出す。これが、始まりの一歩。世界を守り、神に反逆するための。何も失わないためにも、自分は戦う道を選んだ。

 あなたは浮かれた気持ちを切り替え、次に挑戦してもいいか尋ねた。

 最終的にあなたが喚んだのは、盾でありながら攻撃技も使用するフェネクス、矢を敵全体に降らし、回復魔法も覚えているラウム、サポート能力にも優れた大槌のアロケス、サクスだった。クロウにはバランスがいいね、と褒められ、彼の言う通りだとあなたは満足する。師の意図を察せたのは、数年が経った頃、ポラリス隊に副隊長として編入してからのことだった。

「隊長と副隊長は息がぴったりですね」

 気の知れた友人なのだとあなたは返す。実際、クロウとの戦闘はやりやすかった。副隊長として挨拶した際に彼の手札をすべて教えてもらい、あなたも同様に伝えていたため、次にどんな行動を取るのか予測しやすく、絶妙なタイミングで援護が飛んでくる。顔を見なくても、声がなくとも、彼が何を考えているのかは手に取るようにわかった。まるでつい昨日まで共に戦っていたかのような錯覚さえしてしまう。相手がクロウだからだ、と考え、逃げ出したくなるくらい戦闘訓練を繰り返した日々が蘇る。――師はまさか、いずれ二人が同じ隊になる日がくることを見越していたのだろうか。クロウとの戦闘においてはバルバトスでは回復が過剰になるし、火力が不足しがちだ。ふたりでのバランス、単独戦闘も考慮に入れてサクスを推したのではないか。

 いつか自分も弟子を取る立場になったら、その時は師に訊いてみよう。あなたは密かに決意し、桃色の髪の女性を喚び出す。

「主様、我が魔導書から魔神の召喚をお願い致します」

 復帰戦でエルに促されて召喚したのも彼女だった。魔導書に記述されていたのに再び召喚するまで忘れてしまっていた魔神。いくつかの記憶を失ったあなたが、初めて取り戻せた欠片。サクス、親しみを込めてその名を呼んだ。

はじまりのうた