このまま終わらせていいのか。創世神の一言で簡単に滅びる世界に、あなた達は納得出来るのか。私は出来ない、決して。

 創世神が終焉を決めた世界で、神に真っ向から立ち向かった一人の男がいた。男は天使達に協力を仰ぎ、魔神として従える事で戦う術を得た。それは禁忌の業ではあったが、非難する者は誰もいなかった。世界が滅びる寸前にそんな事を咎めても仕方がなかったというのも大きい。

 人々は彼を、勇敢な人間だと称えた。男は周囲の期待に応え、圧倒的な力で皆を導いていく。大丈夫だ、我々は必ず勝てる。彼の言葉に鼓舞されていたのは、何も人間だけではなかったのだろう。始めは乗り気ではなかった天使達も、次々と戦いに参加していった。

 彼は素晴らしい王だった。王と呼ぶに相応しい人だった。でも、わたしの目に映る彼は、少し情けないところもあって、料理をすればすぐに焦がして、毎日名づけに悩むような、どこにでもいるふつうの男性だった。なのに何故、彼でなければだめだったのか。

「戦わなくてはならないんだ。この子の、未来のためにも」

 お腹を撫でる手はやさしくて、あたたかくて、束の間の幸せに縋りたくなる。けれど彼は、揺るぎない覚悟を持って手を離した。

「行って来るよ」

 いかないで。とは言えなかった。言ってはいけなかった。待ってる、となんとか搾り出したわたしの声は震えてはいなかっただろうか。ちゃんと笑えていただろうか。王を戦場に送り出す、気丈な妻になれたでしょうか。あなたが望んだ通りに。

 待っていた、来る日も来る日も待ち続けた。天から降りてくる化物が地上を蹂躙していく中でああわたしたちは負けたのだと悟っても、季節が移り変わっても、ただいまと言って扉を開けてくれる日を信じていた。けれど、彼はとうとう帰っては来なかった。どうか無事でと、毎日毎日あんなにも神に祈りを捧げたのに。神が願いを叶えてくれるはずもないと気付いたのは、この子が生まれてからだった。わたしは、わたしたちは、祈るべき神と戦っていたのだから。愚かでどうしようもなく馬鹿な女だったのでしょう。わたしはきっと、夫のことを何一つ理解してはいなかったのです。

 どれほど嘆いたところで時は経ち、子は育つ。彼が紡ごうとした未来は、形こそ違えど確かに存在していた。わたしはこの子に、幸福な明日を見せてあげたい。その先も、ずっと。ただその一心で、懸命に生き続けた。

 やがて子は彼と同じ魔導師になった。守りたいものがある、と彼にそっくりの眼差しで。わたしは今度こそ、泣かずに送り出した。

 ねえ、わたしもひとの親です。神に祈るような甘ったるい幻想はとっくに捨てました。だって、神は何も救ってはくれない。でも、支えなくして立てるほど強くもなれなかったのです。だから、あなたに祈ってもいいでしょうか。――どうかあの子を、守って。わたしの大好きだったひと。

祈る神をなくしたわたしたち