「あなたのご両親の話を久しぶりに聞きました」

 ノロとロタに洋服を贈ろう――そう決めたマーケットからの帰り道、クロウが懐かしそうに切り出す。

「俺が知らないだけかと思ったぜ。普段から話さねえの?」
「まだ魔導師になる前に身の上を聞いて以来ですね」

 いつのことだっただろうか、とあなたは記憶を探る。確か、クロウが弟子になってしばらくしてからのことだ。「何故魔導師を志したのか」という彼の問いに答えようとするならば、自身の境遇を話す必要があったためである。唯一の肉親だった父親を亡くし師匠に引き取られたこと、母親は顔も知らないこと。稀代の魔導師ソロモン王の末裔で適性が極めて高いらしいこと。彼以外には尋ねられた経験がなかったせいか、たどたどしい説明をした覚えがある。そのひとつひとつを、クロウは丁寧に拾っていってくれた。

 最後に彼が呟いた言葉は、今も大切に胸にしまってある。

「同じだね」
 あの時彼は、自分も魔導師になるべくして生まれたから、と頷いたのだろうけれど。

 父親を亡くした時、ひとりぼっちになってしまったのだと思った。父は人付き合いが上手くなかったのか血筋を隠したかったのか必要以上に他人と関わろうとせず、どこの誰かも知れない子どもに手を差し伸べてくれるほど世界は優しくない。空っぽになってしまった狭い家で身を縮めたのはたった数日の出来事だったが、真っ暗な闇にどこまでも沈んでいったのを忘れられずにいる。幸いにも父の死を聞きつけたアドニアが引き取ってくれたものの、自身に流れる血のことなど知りもしなかったあなたには寝耳に水だった。

 どうやらじぶんは、ひとと少しちがうのかもしれない。

 心の奥底で息をしていた想いが、本部を歩く度に表面化していった。虹は三色だと周りが言う中自分だけが七色だと言い張るような、ひとり季節の匂いや色を感じるような、人からすれば些細なことで距離を感じては師匠にもらった洋服の裾を握りしめていた。

 だから。

 クロウの一言は、ぽつんと立っていたあなたの手を引いて陽だまりの中に入れてくれた魔法の言葉だったのだ。本人にそんなつもりはなかったのだろうが。

「ありがとう、ですか? 私が何かしましたか?」
「突然笑いだすなよな。不気味だろ」
「主様はあなたにも充てているのですよ、リガル」
「は? 俺? なんだよ、どうしたんだよ」

 過去を語ることは滅多にしなかった。両親との思い出が極端に少なかったのもあるし、あなたにとって家族と呼べる存在はアドニアとクロウだったからである。二人にもらった沢山の愛情と優しさは、心の隙間を埋めてくれた。そうしてエルに出会い、リガルに出会い、皆でノロとロタを気にかけている。彼女たちが大人になったら、また誰かを暖かさで満たすだろう。

 素材の回収を快く引き受けてくれたポラリス隊の隊員にもお礼を言わなくては――どんな服がいいか考えながら前へ進むあなたの足取りは軽かった。

優しさの連鎖