あのね、金魚を飼ってたんだ。
え、金魚ってなにかって? そこからかぁ。ここにはいないのね。観賞用に交配を重ねて生まれたって聞いたことがあるから、観賞してる余裕もないこの世界じゃ無理もないのかも。フナはいる? そうそう、見た目も私の世界とおなじかな。フナをね、品種改良……ええと色んなものを組みあわせて新しい品種を作り出すことなんだけど。フナにそれをして、人間が好む美しい見た目の魚を作り出したの。色は……一般的なのはこの顔料とよく似た色だよ。綺麗でしょ?
幼いころ、親と行ったお祭りで金魚すくいをしたんだ。和紙を貼った道具を水につけて、泳ぐ金魚をすくうんだよ。もちろん、すっごく難しくてコツがいるの。紙は水に濡れるとすぐに破けちゃうからね。私にはまだ早いよって親はとめたんだけど、ねだってねだって一回だけってやらせてもらったんだったな。
一匹しか釣れなかったけど、その日は一晩中大はしゃぎだった。一匹じゃさみしいからっておじさんがおまけしてくれてね。透明な袋に入れてもらった二匹の金魚を自分で持つって言い張って、帰り道もずっと眺めてたっけ。電車のなかで潰れちゃわないように、頑張って守ったな。……おいしかったのかって……? 私の話聞いてた? 鑑賞用って言ったでしょ、水槽にいれて飼うんだよ。別の異界で食べたことがある気がする……? そ、そっか……世界が違うと常識も違ってくるよね……。でも、私の世界では金魚は飼うものなの。いい?
倉庫に眠ってた小さな水槽を引っ張り出して、必要な道具や餌も揃えて。子どもながらに、一生懸命お世話してた。毎日毎日、行ってきますただいまって挨拶もしてたんだよ。
だけど、一ヶ月も経たずに死んじゃった。
水が悪かったのかな。
餌が合わなかったのかも。
私がかまいすぎたせいで、ストレスだったのかもしれない。
親は私を責めたりはしなかった。私があんまり大泣きするものだから、お母さんは私をやさしく抱きしめて「庭に埋めてあげようね」って言ってくれた。あとになって、金魚すくいの金魚も大切に育てれば長く生きられるって知ったの。私が死なせてしまったことが、心残りだった。
働き始めて自由になるお金ができたとき、もう一度金魚を買おうって思った。今の私なら、あのころの自分よりも上手くできるはずだから。
それでお店に行って……目玉が飛び出るかと思ったな。何万円もする高い金魚がいたのよ! びっくりだよ。感嘆のため息しか出ないくらい、華やかで存在感がある金魚だったわ。あの子が家にいてくれたら、どんな疲れも吹き飛んだ気がするなぁ。
私が選んだのは、初心者にもおすすめの育てやすい子だった。自信がなかったのもあるけど、なにより、水槽の中で泳ぐ子を見て心が奪われたんだ。どんな子よりも輝いて見えた。びびびってきたのよ。一目惚れってやつね。
知識をつけたかいもあって、今度の子はちゃんと一ヶ月以上生きられた。お付き合いを始めたひとも、私と一緒に金魚を可愛がってくれた。
彼が金魚には手を出さなかったのは唯一の救いだったな。新作のコスメも買えなかったし、友達と出かけるどころか電話すると不機嫌になって叩かれたけど、金魚だけは取り上げられなかった。餌代が高いとか、臭いがするとか、ほんとうは猫がよかったのにとか散々な言われようだったけど。生き物を飼うってそういうことでしょう。最後まで責任を持たなきゃ。
そう、最期まで――
あの子も、苦しかっただろうな。人間によってつくられて、子どもの遊びに使われて、狭い水槽に押し込められてどこにも行けなかったのに。私が助けてあげなきゃいけなかったのに。私は自分のことばかりで、あの子になにもしてあげられなかった。ごめんね。ごめん。
救急隊員さんが、あの子も連れ出してくれてたらいいな……。他力本願な私に、あの子は二度と会いたくないかな。でも私は、あなたに会いたい。朝起きたらあなたにおはようって話しかけて、好きにメイクをして、友達と出かけて、カワイイものを探して、おやつにはあまいアイスを三段にして食べたい。私のお気に入りだった抹茶と、なにがいいかな。自分が食べたいものにするか、食べ合わせを考えるか、性格が出るよね。たくさん楽しんだら、あなたにただいまって声をかけるの。
そうだ、あの子の名前を教えてなかったよね。名前は、