No.621
2025/03/22
ゴエティアクロス
#SS
「困らせてしまいましたね」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。失敗した、とあなたはフードを深く被り直す。クロウには通じないのもわかっていたが。
普段は行動を共にし、用があるときは部屋に赴くクロウと珍しく外で待ち合わせをした。約束した場所に訪れると、そこにいたのは正装したクロウ。付き合いが長いあなたでもほとんど見たことがない、気品のある衣装に身を包んでいた。道行く人に貴族ですと冗談を言えば、誰もが信じることだろう。
……何かの記念日だっただろうか?
あなたが困惑していると、こちらに気付いたクロウが顔を輝かせる。眩しい。近頃自室に籠りきりで書類を片付けていたせいか、快晴の空の下で見る彼の笑顔はやけに目に痛い。そういえば彼はとびきり整った顔をしているのだった、と現実逃避にも近い感想を抱く。聖服のときでも一目惚れされたりしていたけれど、華やかな装いをしていると端正な顔立ちが際立つ。
「呼び出してしまってすみません。今日は日頃の感謝を伝える日だと聞いて……」
あなたに、と照れくさそうに差し出された白薔薇の花束。日付を思い浮かべ、ホワイトデーというのだったのか、といつか得た知識を思い出す。
つまりクロウは、あなたに感謝の気持ちを伝えるために正装し、薔薇の花束を用意し、あなたが来るのを待っていた。と理解はしたものの、上手く感情が追い付かない。
「困らせてしまいましたね」
困っている、と指摘されればその通りだった。正確にはどうしたらいいのかわからないだけだ。
型にはまっているのは真面目な彼らしいと言えば彼らしい。あなたも詳しくはないが、一般的にここまでするのは恋人相手にではないだろうか? 訂正してしまえば、勘違いしてしまったと落ち込む彼の姿が目に見える。それに、好意を無下にはしたくない。
あなたは悩みに悩んで、素直に花束を受け取ることにした。いい香りだ。ほっとしたように息を吐いたクロウを見て、自分の判断は間違っていなかったと胸を撫でおろす。
「5本の薔薇の花言葉をご存じですか?」
あなたは首を横に振る。どこかで耳にしたことがあった気がするが、引っ張り出すことはできなかった。
「あなたに出会えて本当によかった、です。ぴったりでしょう?」
自分もクロウに出会えてよかった。心からの感謝を、あなたもクロウに返す。
「よかった。今日は久々の休暇ですから、たまにはゆっくり昼食でも食べに行きませんか?」
断る理由もない。あなたが頷けば、クロウの笑みがますます深くなる。歩き出そうとして、──気がついてしまった。
「どうかしましたか?」
あなたもクロウも、休暇の日でも聖服を着ていることが多い。アドニアによって急に仕事を振られることが多々あるためだ。だから今日も、何の疑問も持たずいつも通りの聖服で来たのに。
「服、ですか? 気にすることはありませんよ。洗濯もしているでしょう」
クロウは気にしなくても、あなたの気が引ける。確実に釣りあいが取れていない。着替えさせてほしい、と訴えたあなたにクロウは了承してくれた。ついでに花束を部屋に置いてこようと考えて、またしても肝心なことに気付いてしまった。
服がない。
最後に買った服は、着る機会がないものだからすっかりしまわれたまま季節が変わった。しかもあれは、安売りしていたからと特にこだわりもなく買ったものだ。エルに苦言を呈されたりもした。他の服も似たようなもので、とてもではないが今のクロウの隣に並び立つには不相応である。アドニアが「上質な服の一着や二着仕立てておけ」と言っていたのは、こういうことか。必要になるのは当分先の話だと師のアドバイスを聞き入れなかった自分が悪い。
クロウのお腹には少し我慢してもらって、服を新調しよう。いい機会だ。
そう決めたあなたはクロウにも告げ、服屋へと向かう。あなたもクロウも、足取りは軽かった。
「困らせてしまいましたね」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。失敗した、とあなたはフードを深く被り直す。クロウには通じないのもわかっていたが。
普段は行動を共にし、用があるときは部屋に赴くクロウと珍しく外で待ち合わせをした。約束した場所に訪れると、そこにいたのは正装したクロウ。付き合いが長いあなたでもほとんど見たことがない、気品のある衣装に身を包んでいた。道行く人に貴族ですと冗談を言えば、誰もが信じることだろう。
……何かの記念日だっただろうか?
あなたが困惑していると、こちらに気付いたクロウが顔を輝かせる。眩しい。近頃自室に籠りきりで書類を片付けていたせいか、快晴の空の下で見る彼の笑顔はやけに目に痛い。そういえば彼はとびきり整った顔をしているのだった、と現実逃避にも近い感想を抱く。聖服のときでも一目惚れされたりしていたけれど、華やかな装いをしていると端正な顔立ちが際立つ。
「呼び出してしまってすみません。今日は日頃の感謝を伝える日だと聞いて……」
あなたに、と照れくさそうに差し出された白薔薇の花束。日付を思い浮かべ、ホワイトデーというのだったのか、といつか得た知識を思い出す。
つまりクロウは、あなたに感謝の気持ちを伝えるために正装し、薔薇の花束を用意し、あなたが来るのを待っていた。と理解はしたものの、上手く感情が追い付かない。
「困らせてしまいましたね」
困っている、と指摘されればその通りだった。正確にはどうしたらいいのかわからないだけだ。
型にはまっているのは真面目な彼らしいと言えば彼らしい。あなたも詳しくはないが、一般的にここまでするのは恋人相手にではないだろうか? 訂正してしまえば、勘違いしてしまったと落ち込む彼の姿が目に見える。それに、好意を無下にはしたくない。
あなたは悩みに悩んで、素直に花束を受け取ることにした。いい香りだ。ほっとしたように息を吐いたクロウを見て、自分の判断は間違っていなかったと胸を撫でおろす。
「5本の薔薇の花言葉をご存じですか?」
あなたは首を横に振る。どこかで耳にしたことがあった気がするが、引っ張り出すことはできなかった。
「あなたに出会えて本当によかった、です。ぴったりでしょう?」
自分もクロウに出会えてよかった。心からの感謝を、あなたもクロウに返す。
「よかった。今日は久々の休暇ですから、たまにはゆっくり昼食でも食べに行きませんか?」
断る理由もない。あなたが頷けば、クロウの笑みがますます深くなる。歩き出そうとして、──気がついてしまった。
「どうかしましたか?」
あなたもクロウも、休暇の日でも聖服を着ていることが多い。アドニアによって急に仕事を振られることが多々あるためだ。だから今日も、何の疑問も持たずいつも通りの聖服で来たのに。
「服、ですか? 気にすることはありませんよ。洗濯もしているでしょう」
クロウは気にしなくても、あなたの気が引ける。確実に釣りあいが取れていない。着替えさせてほしい、と訴えたあなたにクロウは了承してくれた。ついでに花束を部屋に置いてこようと考えて、またしても肝心なことに気付いてしまった。
服がない。
最後に買った服は、着る機会がないものだからすっかりしまわれたまま季節が変わった。しかもあれは、安売りしていたからと特にこだわりもなく買ったものだ。エルに苦言を呈されたりもした。他の服も似たようなもので、とてもではないが今のクロウの隣に並び立つには不相応である。アドニアが「上質な服の一着や二着仕立てておけ」と言っていたのは、こういうことか。必要になるのは当分先の話だと師のアドバイスを聞き入れなかった自分が悪い。
クロウのお腹には少し我慢してもらって、服を新調しよう。いい機会だ。
そう決めたあなたはクロウにも告げ、服屋へと向かう。あなたもクロウも、足取りは軽かった。